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ナイーブな議論

大学の授業でビンゴゲーム」 こんな文字が新聞を読んでいて目に飛び込んできた。

途中は飛ばすが、その後、

×○副学長は「とにかく日常で使える英語を身につけさせたい」と話す。この授業は5年前、卒業生の不満を機に始まった。「大学の英語は使えない」。職場で、地域で、国際化は進んでいるのに…。

と続く。

「大学の英語は使えない」とはかなり刺激的な発言だ。教える人の技量や教授方法が学習者に大きな影響を与えることは言うまでもないが、日本のような“単一言語、ほぼ単一民族”の国では、外国語が上達するには学習者側の相当な努力が必要である。その甲斐あってか、もちろん、ある程度使えるようになっている人もいるのだが、そちらにスポットライトがあたることはない。

ヨーロッパの一部の国を除けば、外国語を学校で学んだだけで習熟するのは極めて困難である。メディアに載る英語教育に対するナイーブな議論は、昨今ますます“磨きがかかる”ばかりだ。

英語を使えるようになることを目指すのは大賛成だが、それを巡る議論があまりに幼稚なもので残念でならない。
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