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×○学校をxx年に卒業した、yyと申しますが

街角や何かの集まりで、知り合いを目にしたとき、相手が自分のことを認識していない様子であれば、「自分が何者か」を名乗るが社会の常識だと思うが、これが“教え子”だったりするとそうならないこともあり、当惑させられる。

先日、都内の書店である若者とばったり遭った。若者の怪訝そうな態度に、私から「○×の卒業生?」と尋ねたところ、「それはないですよ、先生!」との反応。

浪人が決まり予備校の手続きに関係して、電話で会話した話ことはあったが、一度も教えたことのない生徒だったので、私には相手を認識するこことができなかった。

予備校とは異なり、一週間に相手をする生徒の数は千名を越すまでは行かないが、それでも、「一対大勢」の関係にある学校教師にとっては、教えたことのない生徒だと、特に校外では気付くこともすらままならない。

仕事柄、買い物に行っては、会釈され、駅で電車を待っていると挨拶されるが、その相手が、大人の場合、生徒の保護者なのか、近所の人なのか、家族の知り合いなのか、もしくは昔の教え子なのか、瞬時に思い当たらないことも珍しくない。

学校を卒業したら、相手が自分のことを知っているに違いないとの思い込み(?!)があっても、「×○学校をxx年に卒業した、yyと申しますがと名乗るのマナーだと思うが、それができるようになるのは、就職活動を始めた大学生になってからなのだろうか。
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