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“当たり前”が [私には] 難しい

昨日の話題の続き。

教員が用意する書類(通知表、成績証明書etc.)は、正しく作成できて当然と思われているが、人間がやることなので、残念ながら100%ミスがないようにするのは世間の期待に反して難しい。誤字1つあっても間違いは間違い。ましてや、成績の表記に誤りがあろうものなら、大変なことになる。

同じことが採点でも言える。学校ならば、返却と同時に生徒が指摘をするとはいっても、採点ミスが無いことに越したことはない。生徒だって「この先生、大丈夫か?」と教師の能力を疑い兼ねない。

模試答案について言うと、慎重の上にも慎重を重ねる。誤ってもコーヒーをこぼすなどということが無いよう、飲み物は必ず答案よりも低いところに置く。振り返ってみれば、飲食物で答案を汚損したことなど、学校の試験も含め一切無いが、油断はできない。こぼそうと思ってこぼす採点者などいないのだから。

それにしても、コーヒーを飲んだくらいで採点に弾みがつく訳もなく、また、生計の足しにと採点をしている訳でもないので(足しになど、決してならない)、山ほどの枚数の模試答案を目にすると少々憂鬱になるが、なぜか「足を洗うことができない」でいる。以前は、同時期に二種類の模試採点を請け負ってしまい(後日談だが、先方も「普通ならそういう依頼はしない」と言うので、だったら、依頼の段階で気付いて欲しかったが)、今では無くなってしまったが、12月に行われる高1・2年向けの模試採点で、正月がスッ飛んだことがある。

昨日書いたことから続く話だが、当たり前のことを当たり前に行うのは、存外難しいもの。模試採点は苦行にも近いのだが、生徒がどういうところで間違えるのかがよく分かり、教師として得るものは小さくはない。
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