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板書

年末の読売新聞に、福岡教育大学で教員志望の学生に「板書技法」を教える講座が人気を呼んでいる、という記事があった。

記事によれば、その意義や技法を伝える講座を開設したのは2007年。書道専門の教員4人が分担して「チョークの扱い方」「基本点画の書き方」「数字とアルファベット」「仮名の誕生と美」などを半年で教えるという。のちに、教科別の黒板活用法などを網羅した独自のテキストを出版したというから、どんなものだが、手に入るものなら見てみたいと思うが…。予想通り(?!)その記事は「教師の板書が良いクラスは、生徒の理解度が高く成績もいい傾向があることも、調査でわかった」と結んでいる。

しかし、板書の良し悪しと言っても、件の講座はミクロな視点での“板書の見やすさ”ではないかと推察する。確かに、文字を習う段階にある小学生を教えるには、「止め、跳ね、払い」がキチンとしている必要があるが、中学生、ましてや高校生にもなれば、一字一字の文字の上手さよりも、教師の黒板自体の使い方や、内容の提示の仕方、書いた方がよいことか、それとも口頭で済ませれば足りることかといった部分がより重要であるように思う。

奇しくも、数日前に、娘と車の中で会話をしていたところ、学校の理科の先生の板書が「読めない」と不平を述べていたので、よく聞くと「字もキタナイし、書いてある内容も分かりづらい」とのこと(因みに、成績は5段階で5なので、当てつけではないと思われる)。

第三者(教師や生徒でもない人)からの助言や指摘は、何かしら得るものはあるだろうから、「板書技法」の講義を否定するつもりはないが、本質的でないように思える。私の場合、文字が美しいということは決してないが、教室のどこからも見やすく、またクラス(習熟度)に応じて、同じ単元でも書く分量を変えるようにしている。
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