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国際教養人/国際職業人

新聞(一般紙)の下から約1/3〜1/4は、広告欄となっている。受験を前にして、連日のように大学の広告が出ている。朝日新聞では、ここ5日間位の内で2回、東京外国語大の広告を目にした。国立大がしかもこの短い期間で2度も宣伝を出すとは、余程焦っているのか?

(旧)外国語学部(新)言語文化学部/国際社会学部

先日も、外大についてはこのブログで書いたが、外国語学部を、言語文化学部/国際社会学部の2学部に再編するには、部外者にはその意図が分からない。

世界の言語・文化を学びたい→言語文化学部→世界諸地域の言語や文化を学び、世界をつなぐ新しい国際教養人
世界の地域・社会を学びたい→国際社会学部→世界諸地域の歴史と現実を学び、世界を舞台に活躍する国際職業人

表現はどうであれ、この大学の核となる部分が、外国語を中心とした「言語」を学ぶ大学であるとしたら、それには、当然に「文化」学ぶことが常について回ってくる。語の定義にもよるが、私のように人類学をかじった者からすると、「言語=文化=言語」という解釈の方がしっくり来るくらいだ。「文化を学ぶ」と「地域・社会を学ぶ」は、どこに視点を置くかの違いとも言えるが、やはりこれも、マクロに考えれば、“具体的な地域や社会”を学ぶことは“文化の一部を学ぶ”こととなり、二つに分ける意味がよく分からない。

この改編について何度も開催された学長による大学の説明会、予備校まで赴かれての出張説明会と、真意が別なところにあるとしても、この学問分野について一定程度の理解をしているつもりの者(=私)にとって、また、受験校の最終決断を迫られている受験生にとっても、決して分かりやすい話ではないと思う。

もしかしたら、これまでの外国語学部では、いわゆる主要言語への希望者に高偏差値の学生があつまり、マイナー言語には、必ずしも積極的理由からその学科を選んだのではない学生が入ってくるという外大ならではの悩みがあったのかも知れない(推測だが)。しかし、時代は変わっても、「外国語」を学ぶ中で、敷衍的に、その背景にある文化や社会を研究する、そしてまた、言語へと戻ってくる…これが学部レベル(4年間)でやるべきことではないだろうか。

今回の改編は、「国際」△□学部、「総合」□△学部という名前が付くだけで受験生が集まる傾向を利用する私立大の“生き残り策”と発想が似てはいないだろうか。国際教養人国際職業人の意味が私にはよく理解できない。
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