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真のmotivational speakerを、カリスマと呼んではいけない

何事も、頑張れば成し遂げられる」は、英語でcan-do philosophyという。

こういうメッセージを発する人、とりわけ、実業家や起業家は、すべてとは言わないが、五体満足、高学歴、恵まれた家庭環境の人、に多いように思う。これらの人たちが書く自己啓発本や、行う講演は、確かに聴衆にとって、やる気にさせるメッセージが多く込められているが、へそ曲がり私は、凡人にとってみれば「別世界の人」の話、と思うことがある。

もし、身体に障害があったり、特別な教育を受けることもできなかったり、不幸な家庭環境に育ったという人が、「何事も、頑張れば成し遂げられる」と言えば、もっと素直に共感されるということはなかろうか。

数日前にNHK夜のニュースで取り上げられていた、春山満という人。確かに今では、福祉器具メーカーの社長を務めているが、自身は二十台の時に、進行性筋ジストロフィーを発症し、首から下の運動機能をすべて失い、大きなハンデを持って生きて来られた人物である。「若者 頑張れ!」のメッセージが込められた、氏の「一燈照隅塾(いっとうしょうぐうじゅく)」名で発信しているインターネットサイトがあるので、アクセスしてみてはどうだろうか(百聞は一見にしかず! 若者でない人が聞いても、得るものが多い)。

                      × × ×

※ NHKでは“カリスマ”経営者などという紹介のされ方をしていたが、日本語(カタカナ)のカリスマは“一時的に大衆から注目を浴びる凄い技量・能力を持つ人のこと。インチキ臭さを兼ね備えている”がその定義だから、あの“カリスマ”は折角の特集にミソを付けてしまった気がする。

(なお、「一燈照隅~」とは「ひとつの明かりが、片隅を照らす」という意味とのこと)
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これぞ“グローバル”

上方落語の大名跡を継いだ桂文枝師匠が12月7、8両日、フランス・パリで襲名披露公演を開くらしい。落語について、詳しくは無いが、こういった日本の伝統芸能が海外に伝わることは、大変すばらしいことだと思う。

最近、“グローバルな…”や“国際…”が特に一人歩きしている感じがする。それに比べると、具体的で中身の伴ったものだと思う。なお、彼の落語にはフランス語の通訳がつくそうである(それは、そうだな…)。

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失礼ですが、営業に来られているのですか?

最近では、本番のセンター試験の直後に、高校2年生(場合によっては、高校1年生まで)を相手に、「リアルセンター」などという名称で、1年早いセンター試験の体験を企画する予備校がある。これを予備校の校内生にやらせるところもあれば、そうではなく、高等学校に声を掛けて、行く行くはその予備校に来てもらおうという目論見で、誘ってくる(お誘いしてくれる)ところもある。

こちらも、一定の便益を受けるので、希望者を募るが、昨日営業に来た某予備校の営業担当の言葉には、一瞬「イラッ」させられた。

なんでも、センター体験をした希望者には、解答・解説授業を行っているとのことで、英語については、学年全体で体験受験をする某高校へ、その予備校の講師が出向いて講義をしているという。

その予備校の講師に何ら特別な感情は持たないが、この営業担当の「予備校の講師の問題解説(分析)は、高校とは異なりますので…」のひと言に、「どう異なるんじゃ、コラ!」と、思わず広島弁が出そうになったが、大人の対応をして、軽く聞き流した

所属部署柄、業者(大学の広報担当も含め)の対応は基本的にすべて私がしているので、いろいろな営業さんに出会うが、他意は無いとしても、「失礼ですが、営業に来られているのですか?」と思うことがまれにある。昨日は久しぶりに、そのまれなケースにあたった。

あと、困惑するのは「事情があって、詳しくは申し上げあれないのですが…」という業者。「はっ?」(← 失礼ですが、営業に来られているのですか?

仮に、某予備校の講師が、高校の教員より素晴らしいセンターの解説授業をするとしても、また、仮に「この問題集は、他校だとどういう学校さんが使っているのですか」に何かの事情で答えられなくとも、こちらは、教育のプロであるということを重々承知してもらわないと、無意味な営業となるどころか、逆効果ではなかろうか。

暇があれば「ご存じの通り、私も英語の教師ですが、お宅の予備校の英語講師によるセンターの解説がそんなに良いと言えるのは、なぜですか?」とか、「どこの学校が、そういう教材を採択しているのか言えないのは、実は採択などされていないのと違いませんか?」と、笑顔で丁重に訊き返してみたいところだが、所詮、そのレベルの業者と割り切って、目くじらも立てずにいる。

かつて、電子辞書を売り込みに来た大手二社(嗚呼、今となってはスマホが普及して、今後マーケットは、先細るだけだろうが)の、一方は詳しい取り扱い説明をし、モニター機を置いて帰ったかと思うと、他方は、その会社の電子辞書の立派さだけを強調し、こちらの質問(「~という操作はできるのですか」という問)には全く答えられず、デモ機の一台も、数に制限があるとかの理由で、置いても行かないということがあり、私の心の中では「後者を“出入り禁止”処分」としたことがあった。

教師を上手く味方につけると、直接・間接にタダで広告塔となるが、一歩間違えるとネガティブキャンペーンをはることはないが、“販促”どころか、“反則”のレッテルを貼られかねない。
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キーワードは「3」

この時期になると、模擬試験も大体終わって、そろそろ冬期講習を考える時期だが、模試の復習はキチンとできているのであろうか。

極端なことを言えば、もう一度受けてみて、満点が取れるなら、復習云々は言わないが、そうでないなら、復習が不十分な模試の解き直しを、冬期講習の前にしておくのが良いと思う。人によっては、冬期講習を受けるよりも、その方が、より実力養成に繋がる場合もある。

これまで模試の「問題冊子」「解答・解説」を積み上げると、相当な高さになる。1回目の復習は、模試を受けた直後に。2回目は模試が返ってきた時に。そして、3回目はこの時期が良いとされている。

エビングハウスの忘却曲線でも、2回までは保持率が50%に達しない。3回やって初めてものになる。たたし、この際、毎回の復習で、同じだけの時間をかける必要はない(というか、かけているようでは、本当に実力が付いてきているのか、疑問が残る)。

昔、VHS(ビデオテープ)でテレビ番組を録画するには、3倍速というモードがあった。2時間のビデオテープでも、6時間分の録画ができるというものである。ビデオテープの長さは変わらないから、磁気テープに記録されるものが、3倍になっているという仕組みである。

録画のされ方はどうでもよいが、要は“3倍速”という発想。受験でも使えるのではないだろうか。“丁寧”という言葉を口実に、のんびり解いていて、そのくせ「制限時間内に問題が解けないんです~」はないだろう。

復習の方法に工夫を加えることで、意味不明な速読術なるもととは、“おさらば”することができ、緊張感をもって問題を解くことができる。

今日は模試に限って「3回」を強調したが、他でも「3」で考えてみると良いことがある。それが何かは、各自で考えて欲しい(2では[定着するのに]足りない。4でも[受験までの時間を考えると時間が]足りない)。

倍速モードで効率良い復習を!
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億劫がらずに参加してみた

やることが山のようにあって、当初は遠慮しようと思っていたICEEInter-Cultural English Exchangeの試験。前日(正確には当日)は、こたつ(とうとう、我が家に“こたつ”が登場。これまで、何年もエアコンと電気ストーブだったので、チョー快適…)で寝てしまい、気付くと朝の5時。布団に入って目ざましを掛けることなく寝続けたが、午前7時半には自然に目が覚めた。

出かける準備さえすれば、registration(受付)に間に合うことは分かっていたので、結局参加をすることにした。実は、生徒の一人に声を掛け、その生徒が参加をすることは決まっていた。放っておいても、いろいろ学んで返ってくるでだろう心配のない生徒だが、ICEEを紹介しておいて、私が出て行かない訳にもいかない。

一度も、日曜日は家にいることの無かった(土曜日は、仕事で当然家にいない)この一ヶ月となったが、逃げる出す訳にはいかない。

                  ◇ ◇ ◇

検、検、検、、の順番で勝ち上がっていくICEE。次のステージに行けなくとも、その場に残って、自分よりもスキルがある人たちをオブザーブすることで、技を盗むなど、学ぶことが多い。

                  ☆ ☆ ☆

、はそれぞれ2種類の試験からなる。

: Introducing OthersとExtemporaneous Speech
: Why-Because GameとDiscussion
: Impromptu DebateとInterpretation
: NegotiationとJournalistic Interview

僅か一名とは言え、教え子も参加しているこのテスト。しかし、失敗したらどうしようとか、上位のグレードに進めなかったらなどという、気負いも無く(元々、自信があるわけでもないので、“開き直る”しかない!)、臨めたのは良かった。結果としては、」のNegotiationで他者より得点を挙げることができず惜敗。最後(風)の二番目、Journalistic Interview にまでは行けなかったが、運が見方してくれて、ベスト6位以内に入ることができた(風のNegotiation に6人が進み、ここで3人が落とされる。私のその落とされた一人)。

振り返ると、」のImpromptu Debateも、自己評価はイマイチであったし、Interpretation(日→英、英→日の同時通訳)では、特に「英→日」が思うように出来なかった。当たり前といえば、当たり前。日頃、そんな練習はしていない…。英語を聞くだけなら分かる。日本語だけ表現するのも大丈夫。これを同時に行うには、耳が2つでは無理?!。 案外「日→英」の方がやりやすい。日本語を聞くのは、なんてことはない。したがって、自分の言える英語で表現するのみであるから、さほど難しくない(とは言え、日本語の部分は、NHKにお勤めの方が来られて、万葉時代の和歌などを口にしたものだから、当然のことながら、この部分の通訳は無理)。

他方、Negotiationは自分としては上手くできたと思ったが、なぜだかペアを組んだもう一人の日本人の方のパフォーマンスが買われて、かれがベスト3にノミネートされた(なぜ?! ま、Interpretationで落ちてもおかしくなかったので、結果は謙虚に受けて止めようと思う)。

そんな訳で、あっという間に夕方を迎え、一日が経つのが早かったが、貴重な体験をしたことに間違いない。英語教師なので、ある程度できて当然。しかし、プラグマティックな状況での英語の運用能力となると、話は別である。「ふつうの英会話」などは、真の意味のプラグマティックとは程遠く、おしゃべりの域をでない。

来年に向けて、少し本気になったので、リベンジを試みるかも知れない。
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サプライズ

どこから聞きつけてきたか、私の誕生日である11月23日を生徒たちは知っていたらしい。昨日の授業では、あるクラスで、黒板に大きく Happy Birthday, Mr XXX が書かれていた。名前の最後に、ハートマークが付いていたのが微妙な感じがしたが、ハッピーバースデイの歌を歌ってくれるという嬉しいサプライズ♪。

男子校だが、何とも言えないホンワカした雰囲気。“性格偏差値”は75の子たちばかりだ。そう言えば、このところ、生徒をどやしつけることもほとんどなくなった。後は、もっと貪欲に勉強してくれることを願うばかり…。センター試験まで二か月を切ったよ。

                      * * *

for one thing に関するブログは ↓↓↓

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For one thing

「理由」を挙げる表現に、For one thing があるが、学生の答案を添削していて、いつも引っかかる時がある。One reason for this is that ... なら自然な場合に、である。英和辞典にも、このこと関する記述がないように思われる。

このブログをお読みの方は、どうお考えになるか。夕方までに、For one thing の不自然さを書いてみようと思う(乞うご期待!)。

                    * * *

約12時間経過。とっくに夕方を過ぎたが、仕事が一段落。再開したい。

例えば、

文学、歴史、哲学の中で、どの科目が最も自分の将来に役立つと思うか。

に対して、自分の意見を英語で述べたとする。

Philosophy is more useful than literature or history. For one thing, philosophy improves your ability to think logically, as philosophy is based on logical reasoning. For another thing, ...

英語自体の間違い無いが、For one thing のつながりが、不自然に感じる(実は、for one thing について、だいぶ考えてきたので、次第に“許せる”ようにも思えてきた怖っ)。

ネイティブスピーカーに先日訊ねたところ、「For one thing を使ったら、その後は言わない」と言うのである。エッ?

ウィズダムには

for one thing …, (for another (thing) … )《くだけて》1つには…だ(もうひとつには…だ)(理由の説明に用いる)

とある。

そこで、いろいろ訊いて回ったところ、次第に分ってきた。

for one thing は「(いくつかあるが)大事な理由を1つ挙げるとすれば」というニュアンス。

だから、もともと列挙するつもりはない。敢えて、続けるならfor another となるが、書き言葉なら最初から、「理由は全部で○個。1つ目は…、2つ目は~」となる。ウィズダムの《くだけて》が、当てはまると言えば、当てはまる。

そんなわけで、結論。

★ for one thingの後は、いくつも理由を列挙しない。
★ 仮に「列挙」される理由があるとしたら、“重要度に差がある”か、あるいは、話し手の意識の中に、“付け足しの気持ちがある。

我が職場のネイティブスピーカーの最初の発言「For one thingを使ったら、その後は言わない」が正確な説明だったことにびっくり(いや、彼はインフォーマントとしては相当信頼を置けるので、“さすが”と言うべきかも知れない)。


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More on gingkyo

昨日は、私が勤務する学校のマラソン大会。国営昭和記念公園は、イチョウの黄色が実に鮮やかであった。そこで、今日も「gingko話」で書きたい。

林大学の「杏」は“キョウ”と読む。また、仁豆腐の「杏」は“アン”と読む。これらは広く、音読みと言えるだろう(因みに、訓読みは“あんず”)。

さて、「銀杏」(英=gingko)が、“ぎんあん”や“ぎんきょう”とならないのが変に思えなくもないが、これは、gin-anがgin-nanになったからであり、こちらの方が断然発音しやすい(言語学上の「同化」現象)。

そこでまとめると…、

★gin-an(⇒gin-nan)⇒ 銀杏 【日本語】
★gin kyo ⇒ gingko 【英語】


これからすると、「銀杏」は“ギンナン”と読むのが理に適っていて、イチョウと読むのは当て字となろう。実際、広辞苑では“イチョウ”は、元はイテフ(一葉)と書かれたとの記述がある。

★イチョウ⇒木 【食べられない】
★銀杏(ギンナン)⇒イチョウの種子 【食べられる】


イチョウ、いや、以上で「gingko話」は終わり。
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ビンゴならぬギンコ

イチョウ」の意味する英語は、gingko だが、この gingko が元々は日本語だったという説明が辞書に出ていた。確かに、英語らしからぬ響きがあるが、なぜか。

イチョウを漢字で書くと「銀杏」 この」の“音読み”であるkyōが訛ったものというのが、その説明らしい。

この時期、正に銀杏の色が鮮やかである。東京都のマーク、東大の校章にも用いられていて、身近な植物であるから、英米人にはピンと来ない語であっても、日本人なら知っておいて悪くない単語である。更に、語源まで知っていると、申し分ない。

※ 辞典に出ていた説明なので、間違いはないと思うが、語源には folk etymology(民間語源)の可能性もあるので、注意が必要である。
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長~い政党名

予てから「国民の生活が第一」という党名を聞いて、分り易いが、ネーミングとしてどうなのか疑問に思っていたが、ここにきて「反TPP・脱原発・消費増税凍結の党」というのが出てきて、何でもありの様相を呈している。前者の方は、何をしたいか、前向きなメッセージがあるが、後者は「○△反対党」という名前なので、反対だけが党是となっているのか?! と思えてくる。

ところで「国民の生活が第一」がPeople's Life Firstだとは知っていたが、「反TPP・脱原発・消費増税凍結の党」がどうなるのかが気になる。いつ英語名が紹介されるのか。そもそも紹介されるのか…。

ちなみに、“第3極”は英語でthe third political force というらしい。
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心情的に分からないではないが…

Visa overstayers rally in Tokyo for residency permits

いかにも、ジャパンタイムズらしい記事(デイリーヨミウリなら記事になるだろうか…)。

オーバーステイの外国人が在留を求めてrally(=集会)を行ったことを伝える記事である。上記は、記事の見出し。下記は、その一段落目の記事。

A group of foreign residents who have overstayed their visas rallied in Tokyo's Ginza shopping district Sunday to call on the government to grant them special residency permits to remain in Japan and avoid disrupting the lives of their long-settled family members.

call on A to do-:Aに~するよう求める
disrupt:を邪魔する

不法滞在中に生まれた子どもには、入管は特別に在留を認めているが、それは特別な計らいによるもの。子どもだけを日本において本国に帰ることはできないという親の気持ちは理解できるが、本来なら親子共々本国に帰らなければならない。

It's true that I overstayed my visa, but I haven't done anything wrong otherwise.

は記事の最後に出ていた一節(otherwiseは「それ以外は、他の点では」の意)。

確かに、平穏に暮らしている人なのだろうが、他の多くの外国人が手続きに則って合法的に日本に在留している。手続きに則って暮らしている外国人からすると、虫のいい話としか言いようがない(“連れ”が外国籍だから、敢えて言う)。不法に滞在している人が、合法的に滞在している人に、直接的でないにせよ、迷惑を掛けていることも考えて欲しい
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必要がないから、知らなくても問題ない

二匹目のドジョウを狙ったのではないとは思うが、最近出た本で『小学校で習った言葉 ― さか上がりを英語で言えますか?』(守 誠・著)には、少々がっかりした。

10年以上前に出た『これを英語で言えますか? ― 学校で教えてくれない身近な英単語』は、それなりに新奇性もあったが、企業における昨今の英語公用化の流れなど、英語がトラウマになっている人をターゲットにするかのような本が売れているのは、いかがなものか。

「さか上がりが言えますか」は、何かしらのデータに基づいて、一番英語が出なかったが、それでいて、小学校のなかで一番身近な遊具ということで取り上げたのだろうが、もしこれが英語で言えないからといって、何か不都合がある人がいるのだろうか。英語を長年勉強してきて、“さか上がり”が言えずに往生した人など極めて少ないはず。それよりも、簡単な自己紹介が英語でうまく出来なくて苦労している人の方が、多いのではなかろうか。そもそも、“さか上がり”の英語が出てこないのは、その人にとって、必要が無い単語だから。それだけの話である。

大学受験、あるいは、その先の大学で読む英文が難しいことは多々ある。しかし、反対に、学年が下がるにつれて難しくなる要素もある。その一つには、英語圏の文化を持っていないからである。本来、小学生が読む本でさえ、非ネイティブには簡単とは言えきれない。英語圏で小学校生活を送らなければ、小学校で見聞きする言葉がでてこないことがあっても不思議はなく、それが「小学生レベルの英語表現」というのは早計である。

せめてもの救いは、件の本が500円という良心的な価格であること(他人の著作を批評するのは、本来好まないが)。もちろん、意見をさせて頂く代わりに、1冊は購入済みである。
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irritatingly obvious

明治大学教授のマーク・ピーターセン氏は、日本人が間違えやすい英語について著した書籍で有名である。先日、たまたま旺文社から教員向けに発刊されている冊子の寄稿を読んで「これだ」と思った記事があるので紹介したい。

日本人学習者が書くありがちな英語

There are many sports in the world. For example, soccer, baseball, basketball, and so on. And I like soccer. Because soccer is the most popular sport in the world. But I am not good at soccer. So I want to be good at soccer.

これについて、ピーターセン氏は7つの誤り、あるいは不自然さを指摘しているが、その1つ目が、私が常々感じていたことを見事に説明していた。

The characteristic seen in "①There are many sports in the world." is the tendency to begin a composition with a statement that is irritatingly obvious. Everyone already knows that "there are many sports in the world," and it is hard to imagine what sort of reader might actually need to be given this particular piece of "information."

文法的には間違っていない。でも、どこかおかしい。そんな英文に多々遭遇するが、当たり前すぎることを英語にすると、どうしても気持ち悪さが残ってしまう。そんな感覚が、私だけないことが述べられていたので、読んでいてすっきりした。
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いわゆる“国際人”

日⇒英の問題から。

英語を話せさえすれば国際人になれると勘違いしている日本人が多いのは残念だ。

《解答例》
It is a pity that many Japanese people mistakenly believe that they have only to speak English to be internationally-minded.


よくある和文英訳の一例。「国際人」をあえて訳すと、internationally-minded となるが、果たして英米人は「国際人」に相当する言葉を使っているのか。global leader はまだ目にする方だが、それでも、ネット上では、日本を発信元としているサイトが少なくない。

哲学者の適菜収氏は「日本をダメにしたB層」(講談社)の中で、「グローバリズム」=「世界同時革命を唱えたトロツキーの妄想」と切って捨てている。

授業で「ところで、国際人て何だろうね」と尋ねたところ、どうもあいまいな返答ばかりであった。月刊誌「英語教育」(大修館)11月号の特集は「グローバル人材を育てる英語教育」だとか。

正に上記の英作文の通りで、もし日本語も正しく使えない、自国の文化もよく理解していないとしたらその人が、いわゆる“国際人”になるのは無理ではないだろうか。
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my car は×

カタカナ語だから和製英語と思うと、最近ではそうでもないことがあって、いよいよ自信がなくなってくる。ワーキングプア。これは立派な英語。

ところで、和製英語の横綱格といえば、昔から「マイカー」と決まっている(?!)。

マイカーが欲しいな。
I want to buy my car.
 (×)

「自分の車をわざわざ買う」という妙なことは、法律の世界(質権、留置権)などではあるものの、通常では考えられないこと。

正しくは、I want buy a car. あるいは、I want to buy a car of my own. となる。

非ネイティブの我々には、生活言語でないだけに、いくら簡単と言われても簡単すぎることはない。
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もう、勝手にして

英単語集を集めるのが趣味の1つなっている私にとって、「ダジャ単」はキワモノの一つに思えたので、古本屋で直ぐに購入したが、これが意外にも売れていると見えて、書店の学参コーナーで普通に売られているのを知って、ちょっとガッカリした。私としては、その中身の良し悪しは別として、猫も杓子も使うような“ありきたり”の単語集にはあまり興味がなく、工夫の凝らされた(?!)マイナーな単語集に関心がある

1つだけ紹介してみたいが、これは本来的にダジャレになっておらず、ちょっと失敗作ではないかと思うが、そもそも、出来の良いものはつまらないので、「無理やり」「こじつけ」が丁度良いのかも知れない。

父君の形見

普通に読んだら、「ちちぎみ の かたみ」になると思うが…

「父君」は「トウクン」だそうである。
token: 形見、しるし

もう、勝手にして、と言った感じ…(私の授業より面白くて、良いかも?)。
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「区切れ」が良いって

四十周年や、九十周年を記念して…というのは、50や100ほどではないにせよ、41や92という数字にくらべると区切りが良いことは間違いない。この日本語に相当する「区切りがよい」を英語で表現するとどうしたらよいか考えていたが、和英辞典を見ても、役に立たない。グランドセンチュリーの和英でさえ、「区切り」のperiodは出ているものの、それ以上の記述はなく、不十分だ。

ネイティブスピーカに相談してみると、tidy number、nice number、nice and tidy numberなどを使うと良いとの意見をもらった。

《例》 10 is such a nice number. 90 is tidy. Of course, 100 is even tidier.
(10の単位は区切りが良い。90も良いが、もちろん、100は尚更良い)

ありきたりの単語ほど、使いこなすことが難しい。An increment of 10 is easy to understand, so …などと、当初考えていたが、これは理屈に基づいた表現。一応、通じるようではあるが…。
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断りきれず…

前から決まっていることなので、文句は言えないが、忙しいときは、いろいろ仕事が重なるもので、また英作の添削答案が届けられた…。

そろそろ断ろうかとも思ったりするが、それなりに“発見”もあり、ズルズルと続いている。添削のみならず(単なる丸付けではない)、コメントも書かなければならず(コメント欄がしっかりある。。。)、思いのほか時間がかかる。でも、顔が見えない受験生に返される答案と思うと、かえって丁寧に扱わない訳にいかない。

しかし、11月も半ば前だというのに、月末まで予定が詰まっており、少々プレッシャーがかかる。7月に納車された車は、通勤に使わないこともあって、まだ300キロと少しを走っただけだ。全くの“置き物”状態(涙)。

村上龍の本で「13歳のハローワーク」があるが、「40歳ハローワーク」にならないだけ、マシと思うようにしている(尤も、40は遠の昔に過ぎているが)。
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刺激的な一日

昨日は、とある英語の試験の“お手伝い”として一日仕事だった。ここに来る人は、受験者も実施を手伝う側もその道の第一線で活躍している人が多く、大きな刺激となる。

昨日は受験者の多くが「一般」(成人)の方で、しかも官庁、政府系金融機関に勤めていたり、公認会計士しているなど、それぞれに専門を持った方ばかり。英語自体の運用能力もさることながら、それぞれが持っている専門性を発揮すると、こちらの質問も陳腐なものとなりかねず、油断できない。コンビを組むネイティブが、"It is really difficult to give good questions." と言っていっていたのが印象的。

ある「お題」についてスピーチをしてもらい、お題についての一般的な質問や、各々が話した内容について質問をすることになるので、こちらも真剣勝負である。ネイティブだからといって、常に当を得た質問をしているとは限らないことが気付く。

こういう試験で、存外振るわないのが、英語が表面的に流暢なだけの海外経験の長い若者。話している中身は無いし、流暢ではあっても、結局繰り返し同じことを言っていたり、また、スピーチをしているというよりは、トーキングしているだけといった方が近い方いる。

昨日は「前回の試験でもお会いしました」(つまり、不合格だった)と言ってきた受験者に会い、少々驚く場面があった。他にも、相手は言わなかったが、間違い無く以前来たことのある受験者の方もいて、責任の重さを感じた。尤も、これまでも、昨日も、こちらが公平さ、評価の正確さを揺るがすことはないので、その点は常にドライであることは言うまでも無い。
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ICEE

11月25日(日)に、ICEEという英語の試験がある。これは、松本道弘氏が始めた英語のコミュニケーション能力テストである。英検やTOEIC等の資格試験よりもさらに、実用面、運用能力、コミュニケーション能力が問われる試験であり、英検1級やTOEICで満点の人でも、苦労する。逆に、これらの試験で振るわない人でもコミュニケーション力、人間力のある人は、上位の級に進むことができる。関心のある方は、以下のURLから詳細を知ることができる。

http://kokucheese.com/event/index/56221/

私も参加したい(というか「既に、参加するものと思われている?!」)が、この日も出ると、今月は一日も日曜日は家にいなかったことになる。秋の行楽などという言葉がまったく当てはまらない週末を送っており、家に帰ると肩身が狭い…。今日もこれから、終日仕事である(トホホ)。

※ 今朝はいつもに増して、朝焼けがきれい
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out there を含む例文を、もう1つ

11月4日の記事について、別な例文で再度確認した(アメリカ版Yahoo知恵袋にあった質問)。

英文
Is there really some secret society out there that has massive world power and offs people that are a threat?


訳例
巨大な世界的権力を有し、脅威となる人物を抹殺する、何か秘密社会というものが、どこかに本当に存在しますか。


(1) 最初のthatからthreatまでは、society先行詞とする関係代名詞節。
(2) 次のthatは、peopleを先行詞とする関係代名詞節。

つまり、

society  {that has ~ and offs people (←that are ...)}
 「~を有し、…な人物を抹殺する 社会

off:〈俗語〉を殺す

ここでもやはり、out there は「どこかあるところに」 辞書には特別に取り上げられていないようだが、簡単な表現ほど、間違って訳しても気付かないことがあるので要注意。

ところで、こんな質問を真顔でしているのだろうか。

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映画自体よりも、映画館に満足した

推理作家ポー 最期の5日間」という映画を昨晩観てきた。19世紀中頃の米国ボルチモアが舞台なっており、役者の話す英語はどことなくイギリス発音に聞こえた。

WARNER MYCAL CINEMASのシネコンで初めての体験。観客は何と私一人だけ。チケットに5,000円払っても惜しくない“貸切状態”。ただし、映画自体は「まあ満足」といったところだった。
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4番でもOK

予備選を経て、1年に以上に渡る選挙活動の結果、オバマ氏が米国大統領に再選された。最後に巻き返しを図れなかったロムニー氏にとっては残念至極であろう。因みに、この二人の選挙活動には既に5000億円ともいう大金が使われたと言われている。

それを思うと、4年に一度のオリンピックで敗れる、あるいは勝利しても、次のオリンピックまでモチベーションを維持して挑戦することがいかに大変であるかが、容易に想像できる。

大統領選挙やオリンピックで成果を挙げることに比べると、半年くらい死ぬ気で勉強すれば、大きな進歩が見込めるのが受験勉強である。しかも、勝者は一人ではなく、定員はあるとはいえ、トップである必要はないのだから(「1番じゃなきゃダメですか。2番じゃダメなんですか」という、蓮“何某”という議員の発言が思い出されるが、入試では『3番でも4番でもOKで~す』と言える)。

受験生諸君は、後悔しないように、これからあと3カ月間、粘りに粘って欲しい
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いずれは私も…

英語関係ではないが、私の所属する部署で例年発行している印刷物(合格体験記、受験までの学習指南書〈文字通り、受験を1年前に控えた高2生向け〉)の出稿が、昨夕済んだ。

文字データとしてこれまで蓄積されているものを改定することは、それまでに何人もの人が関わったものとなると、レイアウトが不統一であったりして、意外に大変である。気になりだすときりがないので、どこかで妥協をしなくてはならない。

私としては、内容は書くので、その後の編集をしてもらえるような状況をいつしか迎えたいと密かに思っているが(英語教員の分野において)、実力不足もあって、依然結実していない。

あと3年以内に何とかしたいと思っているが、最初は、自費出版からとなるかも知れない<爆>。
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区別は付けられるつもりでいるが…

( say/tell ) a story
say/tell ) a poem


英英辞典を引くと、英和辞典同様に、tellやsayの使われ方が書かれている。文型で決まれば文句なしだが、時に、目的語の種類によって異なる(使い分けがある)ので、厄介。

sayは基本的に「口にして言う」だが、tellは「説明する」のニュアンス。sayは決して「人」を目的語に取らない、などの違いがある。もちろん、 第4文型をとれるのはtellのみなので、区別は文型でつくことも多いが、上記のstoryとpoemでは紛らわしさが残る。目的語がstoryならtellが断然ふつう。poemは本来的に音の集まりなのでsayするものらしいが、実際にはtell a poemという用例も多くある。

なお、「言う、話す」に限らなければ、poemやstoryは、writeやreadを述語動詞とする例が多々ある。
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リーダーシップ(?!)発揮

田中真紀子大臣による大学不認可の決定は、その理由に頷ける部分は多い。しかし、大学が開学に至るには、認可を経てから準備が始まるものではなく、ほぼ準備を終えたところで形式的に認可されているのが実情であるし、またそれ以外の方法はないことに鑑みれば、大学関係者にとって、驚きと怒りで声が出ないもの無理はない。

そもそも、毎年のように大臣が変わっている状況では、リーダーシップなど発揮しようもない。総理大臣しかり。小泉さんは4年以上総理務めたが、それでも "One President(ブッシュ氏), Four Prime Ministers(小泉氏、安倍氏、福田氏、麻生氏)" である。

安倍氏から野田氏まで、6年間で6人の総理大臣("Six prime ministes in as many years")。これでは…。
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out there は難しかった

以下の英文中の out there (直接引用するのは差し障りがあるかもしれないので、前後の英語は変えてある。下線部は同一)が、最近あった模擬試験の下線部訳でことごとくできていないことが分った。

ポイントとなるところは他にあるのだが、ポイントでもなかった多くの生徒が out there を「そこから外にある真の世界」などと訳している。

To Kant, there may be a real world out there, but we are not directly aware of it with our senses.
(カントにとっては、どこかに本当の世界があるのかも知れないが、我々の判断力では、それは直接分からない)

(×)本当の世界を超えたところ

教師からするとなんでもないところだが、こういった簡単な表現が存外難しいものであることは、採点をしていて初めて気付く。それにしても、創造的な訳(=間違い)が多かった。書いた訳を一読すれば、意味不明なことに気付きそうなものだが。
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do without = go without (?!)

~なしで済ませる」とあれば、直ぐにdo withoutを思い浮かべる。併せて、go withoutも憶えているかも知れない。

私は本なしではやって行けない人間だ

これを英語に直した場合、I cannot do without books. あるいは、I cannot live without books. とするのが正しく、go withoutを用いるのは「不可」とする本に出くわした。この本によると、go without ~では、「(食料)なしでやっていく」の意味なので不可だという

確かに、辞書にはgo withoutの後にくるものとして、lunchやeating、mealsで「昼食を抜く、食事を抜く」が出ているが、コーパスで検索をかけると、go without medical insurance「健康保険なしで暮らす」などにも遭遇する。また、「~なしで済ませる」の意味以外でも、Don't go without binoculars.(双眼鏡なしで行くな) のように連語go withoutで使っていない用例も少なくない。

ところで、英英辞典のロングマン、オックスフォードにはどちらも、do without、go withoutのあとに何も来ない例文を載せているので興味深い。

I like to give the children what they want even if I have to go without.
I don’t have any sugar so you’ll have to do without.

withoutの後にくるべきものが、文脈で分かるためにwithoutで終わっている例である。その場合、withoutは副詞と捉えることも可能だが、手元のウィズダム英和辞典では、「前置詞の目的語を省略した用法」と書かれている。
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ハロウィーン

ここ何年かで急に、そそかしこで見かけるようになったハロウィーンの飾りつけや仮装。背景にはバレンタインデーのように、イベント化をし、消費につなげたいという小売業の目論見もあるように思われる。

また、9月の下旬頃だったろうか。都内のJR線の駅に入る店では、食べ物から、手ぬぐいまでハロウィーン風のもグッズがあり、洒落た印象を抱いたが、10月の下旬に近づくに連れ、どこでもハロウィーン関連のものを目にするようになった。

ハロウィーンの説明として、一つには「亡くなった人の祭り」というものがある。まるで日本のお盆のようだ。

ウィキペディアによると、宗教的な行事ではないそうで、私にとってはとても意外。キリスト教徒のアメリカ人が、キリスト教とは無関係に、楽しいひと時を過ごすというわけだから、何かにつけてイベント化をして楽しむ日本人とどことなく似たところがある。
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肩書きバブル?

二日前の新聞に社会学者の加藤秀俊氏が特別研究員で「特任研究員で成果出せるのか」という題で論文を寄せている。その中で、「○△大学大学院教授」というのは、大学院の授業も担当できる資格審査を通った教授であるということを述べている。このところ気になっていた、「○△大学大学院教授」という職名の意味がやっとクリアーになった。

しかし、学部の学生(undergraduate student)は教えられるが、大学院生(graduate student)は教えられないなどという研究者がいるのか、不思議でならない。“審査”いっても、そもそも日本では、大学の教員になるのに、免許など必要としないのだし。

会社の経営人を表す横文字の肩書きがいくつもあるが、それらと一緒で、一種の肩書きバブルのように思えるのは、ヒラ教員のヤッカミか。
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