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“ゴミ”

以前、高校2年生を教えていたときに使ったLegendⅡ(開拓社)で、リサイクルの話を取り上げた課があり、garbage, waste, trash などの語が出てきたことを記憶している。訳を付けるときには、一応“違い”を感じさせるようにしたが、最近手にしたScienceという雑誌に出ていた記事では、これらの単語がどうやらinterchangeable(相互に交換可)に使われているように感じられた。

辞書における定義上の違いを否定するつもりはない。厳密には違うし、会話では決まった語の選択をしないと奇異に聞こえるが、ケースバイケースで、もっと大雑把でも許容されるのではないかとの印象を持った(つまり訳語はどれも「ゴミ」でOK なのでは)。以下が、その英文である。

Trash wasn't always so complicated. "When I give talks on garbage, I start by saying our forefathers created waste with stone chips," says Wilson Hughes, former co-director of the Garbage Project at the University of Arizona in Tucson ...

いかがだろうか。
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形容詞の用法

自らの指導力不足のためか、未だに形容詞には限定用法と叙述用法の区別があり、

①どちらの用法も可。意味変わらず
②どちらか一方の用法しか許さない
③どちらの用法も可。ただし、意味が変わる


が頭に入っていない受験生が少なくない。

「限定」や「叙述」という言葉は、そんなに難しくないし、このような分類があることを憶えてしまう方が、余程あとあと便利である。その上、このような分類を無視していて“テキトー”に読んでいると、構文が把握できていなくて×になる以前に、驚くほど基本的なミスをしかねない。

an old friend of mine とくれば、特別な文脈でない限り「昔からの友人」。しかし、old peopleは「人」 an old friend of mineが「年を取った私の友人」になる可能性は、ゼロではないにしても1%もない?!のではないか。

簡単な例ではあるが、「テキトーに/フィーリングで」を重ねていると、本文とはまったく異なる訳になることだってある。特に中学で習う一見簡単な単語は思わぬ落とし穴があるので、注意が必要。
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ストレッチャーね

駅で電車を来るのを待ちながら、辺りを見回すと「担架」の文字。「担架」の英語が咄嗟に出て来ず、家に帰って調べてみると、stretcher と出ていた。なんだ、ストレッチャーか。確かにそうだ。でも、「担架」は依然として日本語の中で使われているので「担架のヤツ。地味なくせに、まだカタカナに負けてないな」などと思った。

ついでに、ウィズダム和英では、「たんか」には他に次のものが英語として与えられている。

単価:a unit price
炭化:carbonization
啖呵:「~を切る」で、shoot words at …
短歌:a tanka poem

電車に乗ると、「目に入ってくる日本語をどう英語で言うか」を考えるか(座れない時)、「寝る」(座れる時)ことが多い。
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これが自然な対話…かも

「英語 一問一答」(別冊宝島) と言っても、中身は、外国人に日本的事象を英語で紹介したり、英語圏で英米人に質問されてどう答えたらよいかを載せた本のタイトルであるが、なかなか回答が絶妙なので1つ、2つ紹介してみたい。

対話例1
A:Why are sumo wrestlers naked?(外国人の疑問)
B:I’ve never thought about it before.


対話例2
A:Here you are.(店員が飲み物を持ってきて)
B:Excuse me, I ordered a Coke.


もちろん、この後Aからの発せられるかもしれない質問に答えられるかが大事ではあるが、どちらの例も、相手の最初の発言を満足させるものでなく、「教科通り」でないところが面白く思えた。
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「笑い」でリフレッシュ

あれこれ忙しくしていると、心身共にくたびれてきて、何かをしようという気力が湧かなくなったりする。そんなときは、栄養ドリンクを飲むよりも、「笑い」が大きなエネルギーのもとになったりする。

辞典といえば、毎日のように世話になっているが、たまたま手にした「失言辞典」(失言委員会 編/著・学研)というのが面白くて、一気に元気になった。政治家の発言等、記憶に新しいものも載せられているが、一番ウケたのは、次の発言。

「不審者は和田アキ子風」

長野県警の防犯情報配信システムが、不審者情報としてメールで送った一節らしい。大変分かりやすい注意喚起のメールだが、長野県警はその後、和田アキ子に謝罪をしたという。

ちなみに、「失言」を意味する英語は、gaffe。英字新聞で時々目にする単語だ。
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stand (名詞)の意味

TIMEの今週号。p. 10の Briefing にロシア関連の短い記事として、

'The government is not at war with smokers. But we are making a stand.'

が出ていた。その脇には、メドベージェフ氏の写真が出ている。この stand はどういう意味か。

英和辞典を見ても、いま一つピンとこない。こういう時は、案外、英英辞典でキチンと取り挙げられている場合がある(実は“案外”ではなく、“案の定”と言うべきだが)。

ロングマン英英辞典では、4番目の意味カテゴリーとして OPPOSE / DEFEND とある。
定義は、a strong effort to defend yourself or to oppose somethingとなっている。また、分かりやすく、take / make / mount a stand (against sth) と定型表現で示されてもいる。

《例》 We have to take a stand against racism.

よって、喫煙率の高いロシアで、国民の健康を考慮して述べた発言ということが分かる。

単なる語法を、イディオムと思って調べても英英辞典ではそのような分類として出ていないことが普通だ。他方で、ここぞというところで、どのように使われるかがコロケーション(語のまとまり)として出ていることが英英辞典の強みである。知っているつもりの単語を英英辞典で調べると、実に分かりやすく、合理的にまとめられていることが多く、参考になる。
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よろこんでー

よろこんでー」  よくある居酒屋の店員のセリフだ(昨日行った店では聞かなかったように思うが…)。この「よろこんで」を生徒に書かせると、たいていbe willing toを使う。しかし、ロングマン英英辞典では prepared to do something, or having no reason to not want to do to itとある。

「クイズ! その英語、ネイティブにはこう聞こえます」(David A. Thayne、小池信孝・著)には、条件付きの「よろこんで」、との説明がある。著者によると、前後にif節が来ることが多いという。

If you're willing to try, I'm willing to help you.
I'd be willing to help you if had enough time.

コアレックス英和辞典では willing の訳語に「~しても構わないと思う、~するのをいとわない」とあり、「居酒屋の『よろこんでー』」の意味はない。

よって、I'm happy to help you. / I'd love to help you.で「よろこんでお手伝いします」の意味になり、I'm willing to help you. を使うのは特別な状況を除いては、不自然である。ただし、もしバイリンガルの居酒屋があろうものなら、店員なのだからCan I help you? と言うのが自然な英語である。
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カタカナの当たってみた

日頃、生徒には不用意にカタカナで和訳をしないようにとの指導をしている。既に日本語に定着しているもので、カタカナで表現することに違和感がないものも確かにある。しかし、気をつけなければならないのは、カタカナになると、意味範囲が狭くなったりseriousシリアス?)、特定の意味を表すsupport a large amount of weight→大重量をサポートする?)ことになったり、あるいは、矮小化されてしまう。

最近ニュースで聞く“マインドコントロール”という言葉。英語のmind controlは“マインドコントロール”でこれ自体間違いではない(実際には、mind controlよりもbrainwashingというのが普通)。

しかし、関西で起こった連続死体遺棄事件で容疑者の行ったことは、マインドコントロールでは済まない話である。暴力による支配、衣食住を人間から奪うことによって人の正気を奪う行為は、マインドコントロールではない。

言葉が現実を作り出すということに鑑みれば、報じられている通りの内容であるとするならば、餓鬼畜生の所業により人間を壊した、と言った方が正しいのではないだろうか。
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開き直ってみた

へそ曲がりの私は、英語教育の“大家”が書いた本を読んで、「そんなことできるか!」と心の中で反発をすることがある。ある大家は「英語教員たる者、発音において生徒の最高のモデルとなりえなければ、その資格がない」という趣旨のことを言われているが、素朴な疑問として「最高のモデル」になることなど、果たしてできるのだろうか。

英語の発音に自信がない私が言うと、開き直りとも聞こえようが、日本のようなEFLの環境にあって、多くの教師が「最高のモデル」になることなど現実的には無理だと考える。

放送通訳や通訳ガイド、その他「英語のプロ」とされる人たちは必ずしも「最高のモデル」で英語を話しているわけではない。「彼らは教師でないから」との反論も返ってきそうだが、英語の音韻論・音声学的に正しい発音が真に可能だとしたら、教師以外の何か別なことをしているに違いない。これは私の場合だが。
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何か変な気が…

自由英作文で、「2週間前に困ったことがあってね…」に続けて、英語を書かせる問題を添削した。

ある生徒の記述を日本語にすると、およそ次の通り。

 ① 仕事上で、上司と口論になってしまった。
 ② もうこの上司とは仕事をしたくない。
 ③ この状況をどうしたらいいか困っている。
 ④ このことを父親に伝えた。

確かにありそうな話だが、でも…。

話は思い切り横道にそれるが、Dr. Lauraという「ラジオ人生相談」がアメリカにある。特徴は、電話をかけてくる人の期待しそうな、「共感を持って相談にのってもらう」のとは180度異なり、相談者をバッサ、バッサと切るかのような助言・忠告をするところ(しかし、的を射ている)。

さて、上記の①~④の記述。私はこれを英語で読んで、②と本人が言っている限り、③は無いのではないかと思う。相談にのって欲しいのか。それとも、ただ話を聞いて欲しいだけなのか

相談したところで、結論は出ているように聞こえる。この人は「この上司とは仕事はしたくない」と言っているのだから「仕事を辞める選択しかない」(子どものうちは何とかなる話なのかもしれないが、“社会”では「この人間とは仕事ができない」と言ったら、相手を辞めさえる立場になければ、自分が辞めるしかない(②が「上司の言っていることは理不尽極まりないから、もっと上の立場の人の判断を仰ぎたい」などとなっていれば別であるが)。

ただ聞いてほしいだけの話ならともかく、助言や忠告を求めるとなると、②→③はないように思うのだが、それはあまりに厳しい見方だろうか。
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英語で稼げるのは、1/3

学校の教師が忙しさを極めると、授業準備が疎かになり、本を読むという精神的余裕がなくなる。「雑務に追われて」と言いたいところだが、専任教員(会社でいうところの正社員)の給料は、3分の1が教科指導、残りの3分の2は教科とは無関係の仕事から得ている。

それでも、教員免許を必要とする(?!)「教師の仕事」(=担任、部活etc)ならまだいい。実際には、そうでない事務的な仕事も少なくなく、まさに雑務に追われる。公立の教師は生徒指導で忙しく、私立の教師は、営業(=生徒募集)で忙しい。英語を教えるだけで生活が成り立つ程の能力が自分にあれば、もっと違った展開があるのだろうが…。
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一発屋になるのも難しい

先日テレビで、「一発屋のあの人は今どうしているか」という番組を観た。「三年目の浮気」でヒットした男性の方の歌手は、その後テレビに登場することはあまり無かったように思うが、それでもホテルのディナーショーで声が掛ることがあり、今でも現役だとか。そのギャラ、何と100万円。ホテル主催ではなく、自らが企画するディナーショーだと200万(どちらも1回)というから、驚きである。

しかし、彼とて、凡人(私)からすると、半端でないほどの能力の持ち主である。そもそも、一発屋にすらなれないのが普通であって、まして生き馬の目を抜く世界で、売れっ子になるのは、非凡なる才能と努力の結果によるものに違いない。

今となっては風前の灯となってしまった某予備校は、講師を芸能人のように使っていたと聞く。幸い、私の場合は、“表の稼業”で英語教師をしているので、“デビュー”したり“センターに立つ”必要もないが、他方“引退”や“卒業”しても惜しまれることがない。少々寂しい気はするが…。
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合格

既に夏休みに受講し認定されている単位もあるが、必修の12単位の講習とその認定試験を先日受けてきて、最近結果が届いた。幸い「合格」。あまり意義を見出せない制度でも、試験を受けて認定されるということ自体、気分の悪いことではない。

さて、私の場合は来年の3月31日(年度末)までに更新をしなければいけないグループに入っているが、厳密にいうと、1月末までに当局に講習が済み、認定されている旨の申請を行わなければならいらしい。

昨年度、同僚の一人が、講習は済んだが、更新の申請を3月に行おうとしたら、もう期日を過ぎていますと言われたらしく、ひと悶着あったという。最終的に免許は出されたが、この春に卒業した新卒の学生と変わらない真新しい免許だというから、他人事とは言え、聞いていて少々腹立たしくも思える。

因みに、当局に申請する際には、手数料として3,500円程度かかる。ある元官僚が「法律が1つできる度に、天下り先や役人の仕事が生まれる」と、かつて言っていたのが思い出される。

一巡したら(10年ごとの更新なので、10年で全員更新することになる)、とっとと廃止になることを願ってやまない制度である。
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V+O+[to be easy to do-] (=C)

与えられた単語を、全体として意味が通る英文になるよう並べかえよ。

I cannot imagine how anyone ( can / convince / easy / expect / Sue / to / to / be ). She never listens to anyone.

最近出したテストで、正解率が一桁という問題だった。

《正解》
(... how anyone) can expect Sue to be easy to convince.
「どうすると人が、スーは納得させるのが容易、と思えるか」

*expect A to do-
*be easy to do-(いわゆるtough構文を取るタイプ)

の2点を押さえていないと、正解に至らない。cf. expect+[Sue is easy to convince]

確かに、expect to do-という使い方はあるが、これでは書けないと分った時点で、expect A to do-に直ぐ切り替える“勘所”は英短文が頭に入っているかどうかで決まる。

また、誤答例の多くに見られたconvince Sueという語順。be easy to do-のdoは、他動詞が来て、その意味上の主語がSueになることに気が付けば、自信を持ってconvinceで終わることができるが、そのような答案は極僅かだった。
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大学の数を半分に

下流大学が日本を滅ぼす」-ひよわな"お客様"世代の増殖(三浦 展 著・ベスト新書)

ちょっと前に出た本だが、この本を読むと、大学は今の半分くらいにしてもいいのではないかと真剣に思えてくる。

ところで、最近、アカハラ(=aca[demic] hara[ssment])という言葉を耳にするようになったが、この言葉を英語で言っても、ネイティブには伝わらないようだ(実際に、米国で教鞭をとっている人が言っていた)。略さず言ったところで、和製英語?!

存外、アメリカの方が、少なくとも高等教育機関においては、教員の威厳は日本より高い。日本では、難しい課題を出すと、学生は出来ないと平気で言いのけ、厳しく評価しようものならアカハラ、パワハラになるというから、たまったものではない。

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pour cold water on A

iPS細胞を使った手術は6件ではなく1件

これを日本のあるメディアが現地の研究機関に訊ねたところ「森口氏は7つ目の嘘をついている」との回答があったらしい。さすが、アメリカらしい分り易いコメント。

日大のある教授(社会学)は「国や企業から資金提供を受け、メディアに成果をアピールすることが研究者の評価につながる誤った成果主義がある」と指摘しているが、この一件はそんな次元の話ではない。情けない、のひと言だと思うのだが。

ところで、pour cold water on Aで「Aに水を差す」という、珍しく英語と日本語でピッタリ合う定型表現がある。一方で、これは文字通り、「Aに冷や水をかける」でも使う。辞書にはonに代えてoverも出ているが、onで使われるケースが圧倒的に多い。

《例》 I have to pour cold water on my head to cool myself off.

「一人称」を、「問題の人物」に替えてみると分り易い。
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「“ヒラ”教員」も肩書きです?

iPSを人間に使った手術と吹聴して、大きな墓穴を掘ったM氏。よほど学歴コンプレックスがあったに違いない。推測するに、“研究”対象は何でもよく、肩書きの詐称をして、名声を得たいという卑しい発想が根底にあったのではないか。

ところで、「客員」教授、「特任」教授、「特別」教授の英訳について。

客員」はvisitingを使う。本来部外者であるが、大学やその他研究機関に、文字通り一時的に関係を持つ“お客さん”の意味。教授の場合は、国や大学がスポンサーになっていることが多い。かつて、日本が景気の良かった頃は、企業が研究費をアメリカの大学に多く出し、自社の職員(専門家)が、その大学で研究を行うなどすることが多かった。これらの人は、客員研究員(visiting researcher)などと呼ばれる。

特任」はprojectを使う。たとえば、ある研究について行っている間だけの肩書き。”Project” Professorで「特任」教授。有期なので、本来的にその大学の教員ではない。最近、やたらと聞く肩書きだが、日本以外ではどうなのだろう。そもそも、英訳自体も、「絶対これ」というものはないのかも知れない。specially-appointed / specially approvedなどもあるようだが…。

特別」はdistinguishedを使う。私の知る範囲、日本では聞かない。アメリカでは教授(full-professor)のうちこの肩書きを持つ人は1割以下と言われている。「特任」と紛らわしいが、その違いは喩えて言うと「1000万円以上のベンツと、中古の軽自動車の差」と言ったほうが分り易いかも知れない。もちろん、Distinguished Professorがベンツの方。

ところで、最近「○×大学大学院教授」という肩書きを眼にするが、これは「私は学部の4年生などは教えなくて、大学院生を相手にする程の偉い教授なのだ」というメッセージに聞こえてならない。大学院は大学の中にあるものであるから、本来なら「○×大学教授」で十分なはずである。

肩書きバルブ? 嗚呼…。
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犬以外も、きっとダメなはず

先日、靖国神社に行った。境内に入る手前に「犬を連れて入らないでください」という主旨の立て看板を発見。これは「犬」だけに限ったことでなく、猫でも、サルでも入場お断りに違いない。

よって、直訳するなら No dog is allowed. になるが、No pets are allowed. さらには No Pets であってもよいのではないかとさえ思った(少なくとも、この境内の看板の翻訳としては)。

授業で丁度、literary、literal、literate … を扱う問題が出てきたところで、某NS問題集には、それぞれの訳語だけを与えて涼しい顔をしている。

例文とは言わないまでも、カタマリで見ないと、憶えられないのではないか。literal meaningなどとすると、「文字通りの意味」になる。この言葉が頭に残っていて、「犬を連れて…」を取り上げてみた。
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ものまねタレント

鳩山由紀夫氏似の鳩山来留夫(芸人)は、由紀夫氏が党首になったころが最も多忙だったらしく、二週間で60本の番組に出たそうだ(しかし、ギャラが合計で60万円だったというから、1回一万円という計算になる)。今では、ほとんど仕事が無く、知人のスナックでバーテンをしているという。

他にも政治家の「そっくりさん芸人」がいるが、ノーベル賞を受賞した京大の山中教授似の人がテレビで紹介されていたのには、笑えなかった。

ちょっとダメな人を嘲笑するかのような「デフォルメそっくりさん」だから意味があるのに、堅気の世界の人(政治家は「堅気」とは呼べない…)を真似たところで、オチがない。余計なお世話といえばそれまでだが…。

ところで、松田聖子は堅気の世界にいるとは言えないが、“まねだ”聖子もまた、オチがあるように思えず、それどころか、私にとってはかなり不愉快な存在となっている。
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「まし、した方がいい」の続き

昨日の would rather A than B に似た表現に、may as well A as B がある。これも単に「~した方が良い」と憶えておくだけでは足りない

昨日同様に、「英語構文基本300選」p. 46(飯田康夫 著・駿台文庫)からの例文。

You might as well throw your money into the sea as lend it to such a person.
(ああいう人にお金を貸すのは、海に捨てるようなものだ。)

Collins COUBUID English Grammar(p. 232)では以下のような説明がある。

You use 'might as well' when what you are suggesting seems to be the only sensible course of action, although you are not enthusiastic about it.

もちろん、飯田師の参考書にも、学習者に誤解を与えない分り易い説明(may as well A as Bをもとに、現実にあり得ないことを示すために過去形を用いて、might as well A as Bをとする)が出ている。

訳語オンリーで憶えていると、4択の問題に対処することはできたとしても、英作文では思いも寄らないミスを犯すことがあるので、辞書や信頼できる参考書で確認をすることが肝要である。
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would rather A than B の意味

次の日本語の下線部を英語に直せ。

だれでも自分の考えを持っているが、それを他人にわかるように伝えるのは難しい。たいていの場合、あまり簡潔に言うよりも、例を挙げたり根拠を示したりして説明する方がいい。

生徒がこれを英作文させたところ、would rather A than Bを使って書いた者がいた。
確かに、“残念な”参考書などでは「BよりAしたい(した方がいい)」とだけ書かれているが、

She'd rather die than give a speech.(OALD)

からも分るように、単なる比較ではないことは明らかである。

「英語構文基本300選」(飯田康夫 著・駿台文庫)のp. 46では、以下の英文があり、それに対する訳は見事なまでに、would rather A than Bの意味を表している。

I would rather stay at home than go and catch a cold.
(私は、外出して風邪を引くくらいなら、家にいるほうがいい)

よって、問題の日本語に対する英語としては、

Generally, it is better to explain what you mean by giving some examples or reasons than to explain it briefly.

のように、It is better to ... を使うのが適当である。文法問題でお馴染みの表現も、英作文で使えない、はっとさせられる一例と考え、紹介させて頂いた。
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プロ中のプロの言葉

少し前の話だが、今期で引退を決めた阪神・金本知憲選手が記者会見をしているのをテレビで観た。「野球を10歳から始めて、7割8割が辛いことで、喜び、充実感というものは2、3割だった」とか。

つい、この間逝去した俳優の大滝秀治さんも「芝居が楽しいかって? 冗談じゃない。せりふを覚えるのはつらいし、初日が開けても千秋楽が早く来ないかと思うぐらいなんだから」と、語っていたという。

両人とも、根底では仕事が好きであるに違いないだろうが、傍から見て良いことばかりでなく、第一線で活躍することの苦労を正直に語っているように思われる。プロ中のプロの言葉だけに、とても説得力がある。
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anything but. (終わり)

昨日は、憂さ晴らしに、公開されたばかりの北野たけし監督の「アウトレージ ビヨンド」を観に行こうかと思ったが、出かける間際に億劫になりだし、結局行くタイミングを逃した。

ところで、これはきっと、英語としてはbeyond outrageという意味で、内容の激しさを表すものと勝手に思っているのだが、どうだろう。日本語的にはoutrage beyondの発想に全く問題ないが…(たけし大監督の作った映画だから、これ以上タイトルをどうこう言うつもりはない)。

そういえば、語順の転倒ではないが、September 24付のTIME誌で、p. 24に

The violence looked spontaneous; it was anything but.

という中東における紛争の記事があった。ちょっと珍しい形に思うが、内容的には、it was anything but spontaneous. と解するのが相応しいと思う。be anything butの後に来る語が省略されるのは、違和感を覚えた。少なくとも、自分から書ける英文ではない。非ネイティブの限界…か。

なお、Wordbanks Onlineで検索したところ、同じ用例が一件出ていた。

Stylish, sultry and stunning. But most of all, she looked like a woman. New supermodel Jodie Kidd, on the other hand, looks anything but.
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スペリングミス?

納車されて丁度3カ月目の私の車(アルファロメオ)。昨日、乗っていて(通勤で使わないので、毎日乗ることはない)気が付いた点が1つある。車のダッシュボードには、日付が表示されるようになっているが、「10月7日」が、なぜか "OKT 7"。

確かに、エアコン周りには、AUTOなどの表示もあるが、カーステレオに用いられている表示も、イマイチ分かりづらい。ラジオからCDに切り替える方法が未だに分からないので、CDを一旦取りだしてから、再度入れるなどというとても原始的な使い方をしている。

さて、話を戻して、気になるOKT。これまでのAUGやSEPからてっきり英語表示かと思っていただけに、気になってイタリア語で10月を表す単語を調べたところ、ottobreというらしい。ドイツ語ならOKTの略文字も納得行くが、では、なぜ10月だけドイツ語なのか(いや、まだ11月以降を経験していないので、英語に戻る保証はない)。

取りあえず、走行には関係なく、故障でもないだろうから、気にしないことにした。国産車でも、使用説明書が付いてくるが、そんなものを読む人は多くないと思う(少なくとも、自分は読まない)。私の車の場合、常識が通用しないので、咄嗟に操作ができずもどかしく思う。

かつて、このメーカーの別の車を乗っていたとき、“立て付けの悪さ”(車で立て付けが悪いとは、何事か?)に独りこぼしていたら、同僚に「××さん、を買ったんじゃなくて、文化を買ったんだから、諦めな」と言われて、妙に納得した覚えがある。
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職業を語れなくなる時…

「日雇い人夫」というのは“放送禁止用語”らしく、あの「巨人の星」でも、昔はちゃんと言っていたのに、最近の再放送では「うちの父ちゃんは、日本一の(  「無音」  )だ」となっている。

人夫」だダメで、一時は「土工」(“土方”もダメらしい)となり、今では、「土工」もダメで、「労働者」と言うのが、PC(ポリティカリー コレクト)らしい。

最近では、「教師」というと、すっかり破廉恥な職業の代名詞となりつつある。いつの日か、“私は【英語教師】です”と言えばくなり、“私は【英語(  「無音」  )】です”と言う日が来るのか。少なくとも、自分の中で妙な劣等意識が芽生え出すと、「教師」がNG語になり、“私は英語____をしているのですが…”などと、変な会話にもなりそうだ。

しかし、教師もそんなに悪い人ばかりでない。それどころか、世間の多くの職種の人と比べても、ずる賢く卑劣であることは割合として少ないに違いない(三島由紀夫「不道徳教育論」参照)。

今日のニュース「中学教諭に暴力、生徒と母親を逮捕 奈良(=教師に土下座して謝罪させ、無抵抗の教師に、生徒と母親が暴行に及ぶ)を読むつけ、教師受難としか思えない。原因を作ったのは生徒の側であり、理不尽極まりない話。
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意外や意外?!

最新のTIMEには、現在でもpaddle(スポーツのクリケットで使う、バットのようなもの)で生徒を叩くことが、アメリカでは19の州で認められているという。

少なくとも、公立学校において、教師が生徒に身体的に触れる(例えば、肩を叩くとか、抱擁するとか)行為は一般に禁じられているというのが、私の理解だっただけに、少々意外に思えた。確かに、paddleを介せば身体どうしの接触ではないが、では所謂「体罰」が許されるのか。

なんと、60年代では94%が体罰を容認しており、2004年でも71%が容認しているとそうだ。ある意味でアメリカらしい(紛争解決には武力を行使は正当な選択である?!)とも思える。体罰は一切禁止の日本が、進歩的(?!)にさえ思える。
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母子家庭の母親

生徒には、不用意にカタカナを使うなと授業の時によく言っている。確かに「バランスの取れた食事」はすっかり日本語に定着しているし、減点にもならないと思われるが、「栄養に偏りのない食事」と書ければ、英語が読めている以上に、キチンと日本語が使える証にもなる。

ところで、シングルマザーという言葉にテレビや雑誌でよく遭遇する。どうも このカタカナが耳障り でならない。「母子家庭の母親」としてもらえないものだろうか。

母子家庭の母親」には、否定的な含みがあるので「シングルマザー」とする方が、都合が良いのかも知れない。しかし「母子家庭の母親」は事実を述べており、より正確な表現に思う。

正に「言葉が現実を作る」の好例であるが、後ろめたさや引け目を感じる必要はないのだから「母子家庭の母親」とするのが相応しく、シングルマザーは現実に向き合っていないように思うが、それは私だけか。
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be to do-【予定】は使えるか。

最近、プリントで遭遇した問題から。

(A) 空所に適語を入れよ。
He(     )to buy a house.

実は元々

(B) 空所に入る適語を1つ選べ。
He(     )to buy a house.
① denies   ② means   ③ gives up   ④ avoids

というものであった。

日本語もなく、特別文脈も明らかでなければ、文法的には他に入るもの(plans、intends等)がすぐ思いつくところだが、授業後「複数の生徒が、isではダメですか(be to do-)」と訊いてきた。

文脈もなく、主語もHeとしかなく、何とも発展性のない英文であるが、確かに「予定」を表す用法がbe to do-にあるとは言え、他に優先順位の高い(入りそうな)語がいくつもあるものがあるように感じられた。

手元にある「例解 和文英訳教本」(プレイス社・小倉弘 著)のpp. 147, 148では「第三者の意思」という説明が出ている。Heが第三者の意思によって家を買うことが全く無いにせよ、一般的には不自然ではある。

(A)は論外、(B)は問題としては成立しているが、それにしても、あまり出来のよい問題には思えない。某有名私立理系大学の出題だったようだが…。
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“話す”

次の日本語を英語に直せ。

旅の楽しみの1つは、旅行中に出会う人々と話をすることだ(One ofで始めて)。

Aと話をする」は、talk with(あるいはto)。今回は tellやsay の出番ではない。speakは改まった感じになるので、文法的には間違いではないが、ここではtalkで足りる。

《解答例》
One of the pleasures of traveling is talking with people I meet during the trip.

*「~の楽しみは」を表すthe pleasure of doingは他でも使えるので、憶えていても悪くない。e.g. the pleasure of reading(読書の楽しみ。the pleasure of booksは〈×〉)

the pleasures of ... は間違えてはいけないところ。

*補語に当たるtalking以下は、動名詞に代わりto talkと名詞用法の不定詞にしてもよい。

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年収200万円以下は、可哀想か?

昨日、数十分で仕上げる意気込みのレポートは、結果として数時間かかってしまった。そのため、映画にでも…と思っていたが、行けず仕舞いだった。

ところで、テレビでは一日中、どこかの局でワイドショーをやっているが、これらの司会者and/orコメンテーターの大衆に迎合したコメントを聞いていると辟易する。お笑い芸人や、かつての女子アナ、カリスマ○×とかいう人たちがコメンテーターを務めていて、その発言には唖然とさせられる。

レポートの手を休めBSを観ていたら、地上波とは異なる面々が登場する“BS版ワイドショー”が放送され、「格差」の問題を取り上げていた。現在、日本では年収200万以下の世帯が約25%。1,000万以上が4%弱らしい。案の定、200万円に同情を寄せるコメントが続いたが、バランスのとれた議論では到底なかった。「持家があり、車も2台以上保有していて、専業農家」という年収200万以下の世帯と、「東京で賃貸物件に暮らす子どもが3人いる世帯」の年収1,000万では、200万以下の人が気の毒とは必ずしも言えない。

年収1,000万以上の人だって、楽して稼いでいる訳ではないはずだし、そこに至るまでの努力が無視されてはいないか。そもそも、極端な例を挙げるまでもなく、年収400万の人も、600万の人も、800万の人も、皆それぞれ言いたいことがあるに違いにない。

この番組に出ている面々は、どちらかといえば1,000万のグループに入るはずであり、偽善にすら思える。「義務的に収めるもの(税金や年金etc.)ばかりで、実は可処分所得は少ないんですよ」のひと言でも発するば、また観てみようかという気になるのだが。
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