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基本的文法用語の必要性

同じものを食べさせ、同じように育ててきたつもりだが、先日あった英検の準2級に合格した中2の娘と対照的に、中一の息子は英語が()できない。

時々、勉強をみてやることにしているが、中一で早くも英語が怪しい生徒は、「人称」に対する「be動詞」の変化形がすらすらと出て来ない。これはマズイと、圧倒的に高校生向けの参考書や問題集が多い家の本棚から中学向けの本を掘り出してくるも、どれもしっくりこない。そこで一人称、二人称、三人称のそれぞれ単数と複数の場合について、be動詞がどう変化するかを一覧表にしてやり、「○△人称」という言葉、「単数・複数」という区別、動詞には「be動詞と、それ以外の一般動詞」があることを、今更だが説明した(教科書では、一発で示すような表がない)。

現在の検定教科書は、いろいろな面で優れており、世間一般に思われているほど悪くはない。他方、もう少し最低限の文法用語や解説をしてもよいのではないかとも思う。実は、「文法用語を極力使わない/会話形式が中心」の教科書は、その狙い(?!)と裏腹に、英語を苦手としている生徒にとって、習得の妨げとなってはいないだろうか。「○△人称」「単数・複数」「be動詞と、それ以外の一般動詞」は、英語教師にとっては当たり前過ぎることでも、初学者にとっては何ら当たり前でない。会話中心だと、早々に短縮形(it’sや、aren’tなど)が出てくるから、形が定着しない。“できん坊”には、短縮形の-sも、複数形の-sも、三人称単数の-sも、どれも同じように見えるかも知れない。

親は子供を教えるのが難しいとよく言われるが、我が子の理解力が乏しくとも、私はイライラしないタイプなので、これから三か月で人並み(中一並み)以上の力が付くようにしてやろうと目論んでいるところである。
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ウィズダムの中の疑問

おとといのブログでウィズダムの「まれ」について触れたので、もう少し語ってみたい。

じつは初版で8箇所について疑問があったので、2004年に三省堂に問い合わせたことがあった。編集担当の方から丁重な回答があり、6箇所については変更・修正(現行の第2版で)するとあった。しかし、次の2点(☆印)については、執筆者の意見も引用しながら、編集の立場を伝えてきた。

☆onerous(初版p. 1406)の二つ目の発音に対して、「ややまれ」とあるのは、本当か(←私の質問。自分が二つ目の方で発音をしていたため)。

これについては、Longman Pronunciation Dictionary(LPD)の調査で24%となっていることから、ウィズダムの基準である、「まれ=20%」の判断を準用したとのこと。当時は、「ふ〜ん」と思ったが、実は第2版では、「ややまれ」が消えていることに気が付いた。こちらの指摘が少しでも影響したのかどうかは不明。

☆turn (初版 p. 2162の成句 turn out (1)の最終用例
He was very sick, in what turn out … の用例で、このコンマは不要ではないか(←私の質問)。


これについては、以下の回答が寄せられた(原文どおり)

この用例は、コーパスで確認できた実際の使用例を参考にして、辞書に記述にふさわしいかたちに長さや内容を改変・調整したものですが、その元になった用法でもコンマが入っていました。ここは、継続用法的な感じで、「彼は病気だった、それは…」という、内容的にあえてひと息おかせるような用い方になっているものと思われます。たしかに、文法上はコンマなしでも、というよりむしろ先生のご指摘の通りのほうが正しいということかもしれませんが、ここは、内容的なニュアンスもある程度重視し、実際の用法に見られる形を見せるという点も合わせて、このかたちで示すという執筆者の判断が働いたようです。

第2版(p. 1955)でもこの点は変更されていない。「生の英語」である(あった)のは納得するが、本当に必要なのかは依然として疑問である。
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「英語+松田聖子」で質問

以前、Yahooの知恵袋で英語の質問に回答をしたところ、うんともすんともリアクションが無かったので、もう相手にするのは止めようと思っていたところ、遅れて「ベストアンサー」に選ばれたので、正に「ブタもおだてれば…」の感覚が湧き、週に1、2度ログインをして、どんな質問が来ているのが見ることにした。

この知恵袋は、自分の得意な分野をキーワードとして登録することができる。最初はトップページから、「語学・受験」ような“ジャンル”で見つけた質問に回答したのだが、こちらで設定することにより、自分に興味・関心に近い質問が来る。

キーワードを「英語」のみにすると、「訳してください」など、辞書が代わりの質問ばかりでつまらないので、大抵パスすることになるが、「旅行」「松田聖子」で加えたことにより、格段に良い質問(?!)が来るようになった。

数日前に、ログインしたところ、「素敵な恋人」(=11月23日に発売された聖子姫の新曲)の中に出てくる英語の歌詞を日本語に直してくださいという質問があった。その時は、時間がなく回答しないでいたが、今日になってみたところその質問が無くなっていた。既に他の誰かが答えたようだ。 “英語 AND 松田聖子”で来る質問なら、私の最も得意とするところであるのに、惜しいことをした。洋楽のように、元々の英語が正確ならともかく、邦楽で歌詞の一部に出てくる英語など、通常なら真面目に取り合う気など起きないが、私の誕生日にピッタリ合わせてくれたとしか思えない姫の新曲の歌詞を、不覚にも日本語に訳す機会を逃すとは…。

「旅行」でもベストアンサーを1つ得ており、今回絶対の自信があったので悔やまれる。
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辞書に載ったのは良いが…

大修館の英語教育12月号に「変容する英米の英語発音と英和辞典の発音表記」という記事が出ている。寄稿者はジーニアス第4版の発音表記を担当している大学の先生(仮にN先生)である。

指摘している点は主に2点

(1) 米音の母音体系の単純化
(2) 米音の/hw-/と英音の/tj-, dj-/


(1)-a
lotやproblemなどに含まれる米音の/a/という発音記号を、fatherやpalmと同じ/aː/という記号に変更した。
(1)-b
2点目causeやlawなどに含まれる米音の/ɔː/という母音に、逐一/aː/を併記した。


という。

この記事の中で、

筆者自身、30年前にNHKのラジオ英語講座で英語の勉強を始めた時、すぐに「/a/, /aː/, / ɔː/という3つの母音は、本当は全部/aː/ではないか」と気付き…

と述べている。

確かに(1)-a、(b)は歓迎すべきことと言えようが、米音に限って言えば、そもそも長音記号の/ː/が必要なのかどうか、個人的には疑問がある。

N先生は記事の冒頭で、

筆者は、20年近く『ジーニアス英和辞典』の発音表記を担当しているが、我が国の英語教育における、この不幸な現状を変えるために先鞭をつけたいとの思いから、第4版(G4)では、発音表記の思い切った改定を行った。

と述べる。

因みに、手元にあるLongman Dictionary of American English(1983)では、/ː/の記号を一切使っていない。/a/や/aː/は、少なくとも米音に限って言えば、音の長短ではないから、いっそのこと、この点もすっきりした形にして欲しいというのが私の考えである

2点目のポイント

英音について、私は詳しくないので/tj-, dj-/についての記述には触れないが、「米音の/hw-/」に関して述べたい。

(2)
what, where, whiteなどにおけるwh-という綴り字の発音を/w, 《米+》hw/と表記し、英米共に/w-/の方がより一般的な発音であることを示した。


これについても、辞書や英語音声学の本では、決まって/《米》hw/の記述を目にしているが、私の知り合いのアメリカ人でhwで発音する人は一人しかおらず、そもそもこの記述はかなり古い読み方なのではないかと推測する。N先生も、社会言語学で高名なWilliam Labovの最近の調査を引き合いにして「全米で/h/を発音する話者は、すでに2割に満たないようである」と書いているが、ジーニアスも含め、まるで英音は/w-/、米音は/hw-/であるかのように示してきた辞書(もちろん、hが斜字になっていて、読まれないというこもあると必ず示しているが、学習者は実情を知る由もない)は、仕方ない面はあるにせよ、時代の波に少し乗り遅れている感がある。

ところで、ウィズダムは、各種表記の中の「頻度」について、【まれ】という表記は20%を指すとしている。言語事象の問題とは別個に、辞書内の表記についても、辞書の編者の意図が学習者に正しく伝わっているか、気になる(たまたまウィズダムを例にしたが、辞書一般について言いたいこと)。実際にはこれに留まらず、【まれ】には、形容詞がつく場合もあり、発音や語法について【「やや」まれ】【「比較的」まれ】と書かれている場合もある。これらは、何と「本書の使い方」や「略語表」にも出てこない。
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マラソン=marathon?

昨日、恒例のマラソン大会が立川の国営昭和記念公園で行われた。以前、ネイティブ講師に「明日はマラソン大会がありますよ」と言ったところ、少々驚きの反応を示した。我々はフルマラソン(42.195 km)でなくとも、しばしば“マラソン”というが、学校で開かれるマラソン大会のマラソンはmarathonではないという。なるほど距離にして7キロ程度で、10キロにも満たない。そういえば、10キロの“マラソン”などは、英語で 10K race と言う。そこで、marathonを英英辞典で調べたところ、以下のように出ていた。

?a footrace of 26 miles, 385 yards, run over an open course, esp. as an event of the Olympic games or as an annual event in some cities
?any long-distance or endurance contest

(Webster's New World College Dictionary)

a long-distance running race, strictly one of 26 miles 385 yards (42.195 km)
(Compact Oxford English Dictionary)

長距離走を指す定義もあるようだが、我々が普段“マラソン”と呼んでいるものを英語でそのままmarathonと言うと多少大袈裟に聞こえるというのは、頷ける話である。
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日本発

海外で通じる「日本語」(OEDのような英語に限った話でない)には、地域にもよるが、ichiban、maru-chan(インスタントラーメンから)が「早い・簡単」という意味使われているそうである。その他、意外(?!)なものとして、真珠の単位に匁(もんめ)が使われるという。これは真珠が日本の特産品であったことに由来するそうで、mommeを略して、momと記される。なお、1匁がどれくらいの重さかといえば、分かりやすい例では5円玉(=3.75 g)に相当する。

それにしても、数量を表す単位は使い慣れていないと、即座に感覚として分らない。アメリカでレンタカーを借りて、カーナビ(英語ではGPSという)をオプションで付けると、英語の「音声と画面の表示」で右左折の案内してくれる。マイルは感覚的にわかるが、私にはフィートが未だにしっくり来ない。

300フィート先を左です

と言われてもピンと来ず、これまでに何度も右左折、車線変更のタイミングを逸しており、仕舞いには表示モードを「キロ」に直してしまう。

話を戻して、海外でも通じる日本語。不名誉ながら、Fukushima Dai'ichiも原発事故の報道でよく知られている(「概念」というよりは「地名」に近いが)。sakiokuri(先送り)や、tamakushiiro(玉虫色)という言葉が海外に“輸出”されないといいが…。
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もしも…

「もし突然一億円を手にしたら何に使うか」

これは2010年度の島根大で出された自由英作の「お題」。この手の、「大金を手にしたら/宝くじに当たったら…」は、これまでにも出されているが、生徒は存外書けないそうである。理由としては、金額が大きすぎて生徒にとっては正に非現実的であるからとか。「10万円手にしたら」なら書けるのかも知れないが、確かに一億は生徒にとっては想像を超える額に違いない。大人の感覚で言えばゼロが1つか2つ余分についている感覚だろう。これが大人なら、家のローンを完済し、親のために老人ホームへの費用、子供の教育費にと考えて行くと、1億円なら使い切れる。

ところで、金融の世界(隠語?!)で1億円を“座布団”と言うらしい。新券で100万円が1センチとして、それを4段に重ね400万円。それを同じ高さでタテ・ヨコに敷き詰めて行くと、座布団一枚程の大きさになるらしい。某製紙会社の前会長が会社の金100億を私的に使い、特別背任の容疑に逮捕されたが、庶民感覚からすると、座布団100枚、100億円はそう簡単に使い切れるものでなく、先の自由英作も100億だとしたら英語教師でも書きづらい。

話は戻って、「大金を手にしたら/宝くじに当たったら」だが、これは「仮定法を使って書け」と同義の問題であるから、この点に気をつけなければならない。しかも、最初の一文だけ仮定法で、いつのまにか直説法というのは、危ない(もちろん、直説法の登場する余地が無いわけではない。「私の趣味は××なので」は直説法でよい)。いつこのような問題がでても慌てないよう、少し考えておくのも手であるが、「4年間の学費に充てる、後は、寄付をする」などは金額に関わらず解答として使えるので適当ではないだろうか。そいうつもりは全くないので、嘘は書けないという生徒もいるかも知れないが、もともと「〜だったら」の話なので神経質になる必要はない。そもそも、書きたいことを書くのが自由英作でないから、書きやすい内容、書ける英語で解答するよう心掛けるのが賢明である。
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"あるべき理想の"…

予備校のように、授業をサボるという選択肢が原則として存在しない高校では、生徒の中に、受験に関係ないからといって、その時間に別な教科の自習(内職)を認めろという不心得者が時たまいる。理系生徒で古典がいらないから(国公立に行かないのだろうが、そんなので本当にいいのだろうか。「お前にとって、ひょっとしたら古典を学べる最期のチャンスかも知れないのに」と心の中で思う)とか、理系でも受験で理科の××は使わなくなったので、受験科目を自習してもよいかと臆面もなく訊いてくるのには呆れる。

先日、私があるクラスで英文法の演習授業をしていたところ、ある生徒が、授業そっちのけで、「Tゲット」(=見た目がすっきりしているので、“素人”の受験生に支持されている、私の嫌いな単語集)の単語をノートに書きまくっている様子を発見した。正確に言うと、その前に、当該生徒が‘黄色’の耳栓(‘肌色’だったら分からなかったのに…)をしていたのが目に入ったので、机に目をやると猛烈な勢いで、単語を綴っていのを目撃した。昔ならブっ飛ばしていたところだが、優しく言葉で注意をして、少し問題をその生徒に振り、強制的に授業に関わらせた。

私は「絶対寝かせない」(寝かせないような授業をするという高尚な宣言ではなく、こちらが真剣に教えているのに、寝るとは何事かという気持ちから)、「私語を許さない」「内職をさせない」を心掛けて教壇に立っている。学校の行事の関係(例えば、スポーツ大会の翌日)や時間帯(例えば、午後最初の授業)によっては、この3つを常時徹底すると、生徒との“衝突”は必至である。しかし、過分な要求とは思わないので、この方針を変える予定はない。
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make or break it

年末にセンターテストの最後の練習の機会として、九州を拠点にしている予備校の問題を使って演習する予定がある。この予備校の問題を使うようになったのは確か去年からで、それ以前は、通信添削で有名なB社の予想問題パック、K塾の予想問題パックを使っていた。確かにこれらの予想問題集に比べると、個人成績表が出るなどのメリットがあるが、昨年この予備校(仮にKKとする)の問題を実際に解いてみたところ、センター本番の問題と比べて、出題傾向を捉えていないし、難易度も模試とは言え、本番“感”に欠けるし、また発音・アクセントの問題では別解が可能(というか、米音にのみ注目をしているため、ある意味で問題不成立)だったりと、個人的には駄目だなという印象を強く持った。

今年も(これで最後の年にして欲しいが)KKのものを使用することになっている。模試のチラシには、予備校教材が入試で的中をした記事が大々的に宣伝されているが、これはある意味で、予備校のレベルの低さを露呈しているものだと思う。本質的な勉強をキチンとしている生徒にとって、問題が“的中”するしないは意味のないことで、的中という言葉の定義にもよるが、正しい学習をしていれば、入試で目の当たりにする初見の問題の大抵は“的中している”と言っても間違いない。受験料が模試の中では安いが、おなじ時間を使うならば、S予備学校のセンター模試が一番望ましいと思う。今から、KKの問題が届くのを手薬煉を引いて待っている。ピンボケな問題だったら、「受験生の貴重な時間を奪うな」と噛み付いてやろうかと思っている。
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馴染みの構文なので、思い込みがあるかも…

「構文」の授業も大詰めを向かえ、お馴染みの構造ではあるが、今日はso A that Bを扱った。ところで、いわゆるso … that構文は、「大変に…なので〜」と訳されることがあるが、これは、very … thatとは勿論言い換え不可であり、このsoには特別な働きがある。

●飯田先生の英語構文基本300選 例文no. 176には以下の英語が挙げられている。

The train was so crowded that there was little room for me to move.

「電車はそれほど混んでいた。私が動く空間がないほど
→「電車が混んでいて、私が動く空間がほとんどないほどだった」

●SwanのPractical English Usageでは次のような説明が出ている。

So means 'that much' or 'to that extent'. It is used when we are talking about a high degree of some quality.

つまり、He is so bad-tempered!You're so right! のようにveryと同様の働きとは異なるということである。「それほど」という程度をthat以下で表現する構造となっている。よって、多くの辞書や参考書で「大変に…なので〜」となっているのは、厳密には言うと正確でない。なお、これは《結果》を表す訳出法であり、《程度》に焦点を置いて訳すと、殊更に「大変」を付けずに済む
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王だけに、オーラが違う

テレビを付けると、誠実さのかけらもなさそうな政治家か、血生くさい事件の容疑者の顔が目に飛び込んでくることが多い中で、今般のブータン国王と王妃の日本訪問に関する報道を見ていると、こちらにも微かに「幸福感」が伝わってくる思いがする。

恥ずかしながら、ブータンの地理的位置やGross National Happiness(国民総幸福度)という概念は英語教師になって知った言葉である。何年も前になるが、近所に高校生になったばかりの子がいて、そのお母さんから「息子が高校の英語の勉強についていけなくて困っている」とウチの家内が聞きつけて、じゃあ勉強を見てあげようということになった。W大学直系の高校に入学したこの子が持ってきたのは、大学の教養課程で読むサイドリーダーで、伝統に胡坐をかいた高校(?!)のリーダーの教材が如何に酷い(生徒のレベルに合っていない)かを目の当たりにした。いっそのこと、この学校の教師より優れた教え方で面倒見てやろうと思い、1、2回だけのつもりだった個人指導が一カ月に及んだ(もちろん無料)。その時読んだのがブータンという国についてかかれた話だった。

ブータンの公用語は、ゾンカ語(ネパール語の方言。ブータンの国語)と英語だそうである。どこの社会にいっても良いことばかりのはずはないので、多少誇張されて報道されている面はあるのかも知れない。我々はグローバル社会の中で大国にしか注目が行かない傾向があるので、アジアの小さな国へ関心持つことも重要だろう。
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Rakugo

今年の芸術鑑賞教室(昨日)では、「落語」が出し物として選ばれた。この数年では「演劇」や「南米の音楽」などを体験したが、「落語」はことのほか好評だったようだ。さて、「[古典]落語」を英語で説明すると次のようになる。

Rakugo is a comic story usually told by a professional stortyteller at a *variety hall or on TV. Themes are usually humorous incidents from daily life in the Edo period.

*variety hall:演芸場

ところで、最近では、落語を英語で行う人もいる。桂枝雀師匠の英語落語はその中でも有名である。また、文京学院大学准教授の大島希巳江先生は、言語学の専門家であると同時に、英語落語家としても有名で、毎年海外公演ツアーを行っている。数年前に、NHKの英語番組に登場され、日本語と英語の違いを感じさせないRakugoを披露してくださった。

英語学習の1つに、それが受験では大きなアドバンテージにならなくとも、自分の趣味に関係するものが英語でどう発信可能なのかを考えてみると面白いだろう。意外にも既にそういうことを実践している人がいたりして、良い刺激を得られるかも知れない。
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更新、更新

運転免許の更新を知らせるハガキが来た。クレジットカードの類で「ゴールド」は持っていないが、運転免許は「ゴールド」である。制度上、更新を避けることはできないが(更新手続きの費用や、講習で渡される冊子が、警察関係組織にとって一定の収入になっていることは確かであるが、それはパスポートの更新も同様であり、社会通念上許容の範囲と言える)、ごく一部のいい加減な教員を矯正する目的で始まったと思われる教員免許更新制は、私には少々腑に落ちない。

教職18時間、専門12時間を大学等の教育機関を通じて学ぶことになっているが、これも運転免許の更新と同様に、大学等の収入になるという仕組みになっている。私としては、日頃からもっと有益と思える研修会・研究会に参加をしているし、また学内でも研修会が年に数回開かれる。これらに参加をしたらポイントが貯まるようしてもらえないものだろうか。

私の場合、てっきり24年度に行うものと思っていたら、今年度から(つまり、失効する二年前から)行うことが可能なようである。逆に言えば、来年を逃すと「無免許」となってしまう。「教職18時間、専門12時間」に参加する時間があったら(来年の夏休みに参加することになるのだろう)、講習会を30時間担当する方が、余程意味があるように思えるのだが。
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発音できない音は、聞けない

某英会話教材が、盛んにテレビで宣伝されているが、その中で専門家と称する人が「聞けない音は、発音できない」「日本語と英語とでは、音域が異なる」と説明しているのを耳にして「え?」と思った。

まず、「発音できない音は、聞けない」というのが真実ではないだろうか。昔からイージーな英語教材は新聞雑誌で大々的に広告が打たれているが、この手の英語教材の多くが、まともな学習理論や言語習得の理論に基づくものでないことは明らかである。

学校であれほど単語や熟語を暗記し、文法をたたき込まれたはずなのに、実践では思うように聞き取れない、話せないのはなぜ?(宣伝文句)

実践では思う様に聞き取れない、話せないのは、練習量が絶対的に不足しているからであり、さらに言えば、真の意味で英語という外国語が必要でないからである。そもそも、大して暗記もせず、文法だってたたき込まれてなどいないのが現状ではないだろうか。学問、特に「外国語の上達に王道なし」と心得て、安直な誘いに乗らないのが賢明に思う。
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英語の流行語

年末になると、清水の住職によって墨書される今年の「漢字一文字」というのが発表されるが、アメリカの*Global Language Monitorという会社の発表によると、“英語の世界”では、Arab SpringとRoyal Weddingが、2011年のフレーズ賞 最上位に来るそうだ。また、単語では、occupy(を占拠する)とdeficit(赤字)だそうである。また、人名では、Steve JobsがOsama bin Ladenに大差をつけて一位とのこと。

*The Global Language Monitor is an Austin, Texas-based company that collectively documents, analyzes and tracks trends in language usage worldwide, with a particular emphasis upon the English language.(ウィキペディアより)

ところで、occupyといえば、多くの人が知るとおり、Occupy Wall Streetに代表される「格差社会、高失業率」に反対する運動であり、と先月のこのブログでも一度取り上げた。アメリカのわずか1%の人が、アメリカの何割という富を所有しているということが取り沙汰されるが、Steve Jobsも超富裕層の一人に含まれる。しかし、Occupy Wall Street運動で怒りの矛先がSteve Jobsには向けられないのを見ていると(個人的にはSteve Jobs氏は立派な人だと思うが)、彼らの運動は、欺瞞と自己満足に満ちているように思えなくもない。それというのも、彼らの多くは市民運動に参加できる程度の経済状況にあり、本当の貧困層でないから。

さて、Global Language Monitorの調査はランキング形式でもっと多くのフレーズや単語を今年の流行語としてあげているが、それらに共通していることは、Royal Weddingを除き、angerとrageである。暗い世相を反映している。
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個人面談

先週から始まった個人面談が、一部欠席で明日に予定変更となった生徒を除き、昨日で終わった。いつも思うことは、授業をする方が、何倍も楽だということ。30人いれば、極端な話30通りの話をしなければならない。これが弁護士や街角の占い師なら時間で切り上げるのだろうが、学校の面談は必ずしも時間通りに進行しない。

終わらせてくれないケース(次の人が待っていることなど全く頭に無いかのように話される方)もあれば、こちらからの“駄目出し”が納得知れもらえず、そのまま返すわけにも行かないので、話しが長引くケースもある。

もちろん、話すポイントは大よそ決まっている。何と言っても「情報より学力」というのが私の信念で、いくら入試情報に精通していても、肝心の学力が付いていなければいくら面談をしても無意味なのは言うまでもない。

しかし、個別具体的なところで、学習法が間違っていたり、受験校を選び方があまり普通とは言えない場合は、放っておく訳にはいかないので、説得を試みるが、これが意外に時間を要する。正に、道場主がよくおっしゃる「プロの言うことを聞かない」人たちの扱いである。“改宗”させるには多くのエネルギーを使う。

それにしても、これまで受験生の雰囲気の顔つきをしていなかった生徒が、真剣に受験校の試験科目や受験予定を考えてきて面談に臨んでくれたのは、担任としては嬉しい。しかし、もっともっと実力をしっかり付けなければならないことは間違いない。また檄を飛ばし続けるつもりだ。
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自分の話していることを理解しているか

諸般の事情から、英英辞典の語義のような言い方となるが、昨日「英語のネイティブスピーカーとペアを組んで、一人の受験者をテストする英語面接の試験」に評価する側として行ってきた。中には英語圏の滞在歴が長く(というか、生まれも育ちも英語圏というケースさえある)、英語を話すのが、恐らく日本語と変わらないくらい堪能と思われる人もいる。

こちら(=私)はネイティブっぽさでは、危うい面があるが、このテストはただネイティブらしく話せれば合格するのではなく、論理的な話が英語で行えるか、英語の議論に参加できるかが問われている。

トピックの1つに、Should individuality be encouraged more in Japanese schools? があり、案の定、多くの受験者がこのトピックを選んだ(一見話し易そうではある)。評価をする側からすると、この手のトピックは、突っ込みが入れやすい。まずこのような試験のこのレベルを受験する人達は、判で押したように、Yes, individuality should be definitely encouraged … と返してくる。「日本の学校は校則が多く、また勉強も詰め込み式なのでindividualityの醸成の妨げになっている」というような応答もあり、「ホント?」となる。他の応答例として、「アメリカの教育はindividualityを重んじており、日本もそうあるべき」というが、少なくともacademic achievementの面で、アメリカの学校が教育的に成功しているという話は聞かない(先週のTIMEでもこのことが問題になっている)。

あなたは individuality をどう定義するか
あなたが文科大臣なら、どのように individuality を学校教育で培うか

このような質問を投げかけると、ほとんど回答にならない。つまり、英語自体は“上手”な人は多いが、残念ながら、質的には不十分とケースが少なくない。Pro/Conの問題でも、どちらかに絞って話さないので(ひょっとしたら、本人はどちらかの立場で話しているのかも知れないが)、結局何が言いたいのか伝わってこない。

上手く行く受験者のタイプは

「当たり前程度の知識を備えている人/物事が多面的に見られる人/日本と諸外国を客観的に比べられる人/自分の話していることを理解している人(←実は、かなり重要)」

になる。実は、スピーキングは普通程度にできれば合格には十分である。
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好機逸すべからず

YouTubeで見つけた、お宝映像を「お気に入り」(http://www.youtube.com/watch?v=IrsaADCt23U&feature=share)に入れておいたが、これをアップしている人が、どういうわけか投稿を止めてしまった。内容は、聖子姫の若かりしときに「ガラスの林檎」を様々な番組で歌っているのを、音源1つ(CD)にあわせて見事につなぎ合わせたもので、力作と言ってよい素晴らしもの(私にとって)。それが、昨日再生しようとアクセスしたら、見られない状態になっていた。ガッカリ…。

あまりに素晴らしい出来だったので、DVDにコピーしようとしていた矢先のことだった(普通はコピーできないが、ダビングソフトがあるので、これを使うと容易に複製ができる)。忙しない一日の中で、やる気レベルが下降してきたときに、周囲の同僚には「リスニング問題の音声を確認している」かに映るこの密かなmorale boosterが無くなったので、代わりの映像を探さなければならない。

趣味オンリーの話題にしないよう努めている関係で、無理やりであるが、以下に英語の表現を紹介しておく。

? 好機逸すべからず Strike the iron while it is hot.
? 後悔先に立たず Late repentance is seldom worth much.

なお、?は Make the hay while the sun shines. が、?は It is no use crying over spilt milk. とも言える。
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A, if not Bの解釈

以下の英文は、今日の授業で扱う上智大の過去問を載せたSD文庫から発刊されている、「英語長文読解問題 難関私大編」Lesson 9の一節である。

Many of life’s well-known stress producers ― divorce, loss of employment, moving, even fighting traffic ― still hold out hope of a better outcome in the future. After all, one may end up with a better spouse, exciting new job, beautiful home, or fresh bottle from the drive-through liquor store. Death, by contrast, involves as much trouble as any conventional stress, if not more. Yet, at the end of the medical humiliations, physical suffering, money concerns, fear, and tedium of dying, one has no outcome to look forward to except being dead.

以前にも記事にしたように、A, if not Bは

? 「たとえBでないにしろA」(譲歩型)

という場合と

? 「A、ひょっとするとB」(伸長型)

という場合の二通りの解釈が可能である。受験では?の用法に注目が行くことが多い。この長文問題の「全訳」は、次のようになっている。

<和訳の抜粋−オリジナル>
「これに対し、死も、普通のストレスと比べると、それ以上ではなくとも同じくらい問題を伴う」

しかし、この英文は「死とは最も辛いものである」というのが主題であるから、

<和訳の抜粋−改案>
「これに対し、死は、普通のストレスと比べると、同じくらい、ひょっとするとそれ以上の問題を伴う」

とする方が、解釈として自然なような気がする。この英文に和訳をつけた方は、うっかり?の意味で解釈してしまったの、あるいは、その後のYetに注目して、?としたのか不明であるが、Yetがあったとしても、本文の主旨は、「死を上回るほど、人が人生を否定的に見る要素はない」とのことだがから、?の解釈が適切に思うのだが…。

教室で、生徒と議論してみたいと思う。
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tobashi ?!

最新版のOED(Oxford English Dictionary)には、hikikomori「ひきこもり」やotaku「おたく」が載っているそうだが、連日報道されているオリンパスの損失隠しについて、ニューヨークタイムズには、tobashiという言葉で紹介している。

Although Olympus has not detailed the system by which it hid the losses, the local news media have speculated that it used a once common maneuver known as “tobashi.” In tobashi, translated loosely as “to blow away,” a company hides losses on bad assets by selling those assets to other companies, often dummies, only to buy them back later.

バブル期に学生を過ごし、90年代の山一証券の例を見ていると、「飛ばし」という言葉が懐かしくさえ響くが、この時代になっても(2011年!)、そんなことが続いていたとは、とんでもない話だ。

ライブドアの粉飾決算によって、それ以降、新興市場の株式が大きく値を下げたことは記憶に新しい。オリンパスの株を保有してなくとも、株投資家の私としては、粉飾決算は許し難い。今回の件は、皮肉にもイギリス人をこの春に社長として迎い入れたことが発端で判った、いわゆる内部告発。

初めて購入したデジカメがオリンパスだったことから、その後も何となくカメラをオリンパスにしている。製品のクオリティの高さが、一部の経営者の愚行よって落としめるられることはないとしても、情けない話。「コンプライアンス」「ガバナンス」「企業のグローバル化という言葉が虚しく聞こえる
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many ... many 〜

USA Todayに出ていた Travelers forget everything from passports to false teeth という題の記事から。

Travelers annually leave millions of personally important items such as wallets, keys, cellphones and eyeglasses behind in hotels, airports, airplanes and rental cars. Fortunately for the forgetful, many belongings — including very valuable and unusual ones such as Gioia's* jewelry — are returned.

Many, however, aren't, and they are given away or sold if their owners don't retrieve them or their owners cannot be found.
 

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<和訳>
忘れっぽい人には幸運なことだが、ジョイアの宝石のような大変に貴重で珍しいものを含め、多くの持ち物が返却される。

しかし、また多くが返却されず、持ち主が取り戻すことがなかったり、持ち主が見つからない場合は、寄付されたり売却されたりする。

Gioia*:原文で、上に挙げた英文の前に、ホテルに忘れ物をした人「ジョイア」という人の名前が出てくる。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

しばしば対で使われる、Some ... ; others [some] 〜は英文解釈でお馴染みであるが、many (belongings) ... とmanyの対は、私には新鮮に思えた。ある意味で「客観的」なmost(過半、大半)と異なり、manyは忘れ物の3割でも8割でも、書き手がmanyと捉えれば使うことができる。そのことからすると、manyが二度使われることはあり得るのだろうと考えた。

因みに、次のようなものまでが、忘れ物としてあるという。

・firearms「銃器」(さすが、アメリカ)
・toupee「かつら」(鏡を見るまで気づかないのか)
・bowling pins「ボーリングのピン」(愛好者?)
・prosthetic leg「義足」(歩くのに困らないのか)
・false teeth「入れ歯」(やっぱり…)
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ピンと来ないときに…

たわい無い疑問…。

次の英文を目にして、levityを学習辞書で引いたところ、「軽薄、不謹慎」とあるので、自分の国語力が足りないのか、今一つピンとこない。

〈英文〉
The comedian has a gift for finding an element of levity in the most serious of subjects.

そこで、英和大辞典を手にしてみた。
(1) 場違いな陽気さ(ジーニアス英和大辞典)
(2) 浮かれ気分(新英和大辞典)
(3) 軽率な「不まじめな」言動(ランダムハウス英和大辞典)

英英辞典では、
(4) amusement or lack of seriousness(Cambridge Dictionary of American English)
(5) the treatment of a serious matter with humour or lack of due respectConcise Oxford Dictionary)

これだ! さすがCOD。やっと分かってきた。英和辞典は抽象度の高い語を調べた場合、訳語がピンとこないことがあるように思う。やはりこういう時に英英辞典がモノを言う。

〈試訳〉
そのコメディアンは最も深刻な話題でも、おちゃらけた部分を見つける天賦の才能がある。
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早期英語教育

子供の外国語習得についての経験と事実

〈経験〉
・子供は外国語の環境で、容易に外国語を習得する。
・年少者ほど外国語習得は容易である。

〈事実〉
・年少者ほど習得容易とは必ずしも言えない。
10代の子の方が全体的に最もよく習得する
・よい発音の習得に限れば幼児の方が有利。

Ur P. (1996) A Course in Language Teaching. Cambridge. Cambridge University Press.

個人的には、小学校英語を全面否定するつもりはないが、週1時間「英語体験と称して英語に触れるだけでは、身に付くものは極めて少ないだろうし、下手すると、中学に入る段階までに「英語嫌い」を作りかねないという懸念がある。
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英和辞書

旺文社がCORE-LEXの第2版を出した。総項目数は70,000と、英和辞書で同じく定評のあるウィズダムの90,000項目と比べると、高校生の初級向けと言ってよいだろうが、「畳と女房は新しい方が良い」という言葉がそのまま辞書にも当てはまるように、CORE-LEXの仕上がりは大変良い。

因みに、総項目数というのは、字句通りに解せば項目の数であって、語数とは少々異なる。ウィズダムは見出しの単語A〜Eランク(Eは無印)の合計が58,400語となっている。まあ、語数はあまり問題にする必要はないだろう。個人的意見として、ウィズダム英和は、その「訳語」が他書の類のない程「英英辞典の意味」をかなり正確に表しているので、英文の大意・全訳をするときに、大変重宝するという特質もある。

いつも思うのが、新版になっても、ほぼページ数は変わらないことがあるのに、新しい方が少しスリムに思える。これは、当たり前と言われるとそれまでだが、方や使い込んでいて、紙に多少の撓みが生じている辞書と、真新しい薄紙の束状態の辞書との違いである(ウィズダムは初版から第2版では、200ページ程スリムになっている)。それにしても、「ページ÷値段」で考えると、英語の辞書ほどお得な書籍はない。高校初級向けの辞書を見るにつけ、学習の“友”(=参考書的役割)としては、電子辞書に比べ、紙辞書が圧倒的に優位に立っている。

英語の成績を上げるにはとの問いに10字以内で答えよと言われたら、私流には、「紙辞書の活用と音読(10字)」となる。生徒諸君は、寝る前に、「その日一日で辞書を引いたか、声を出して英文を読んでみたか」を自問して欲しい。
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昨日から今日まで、いろいろありました

基本的に「朝」、そうでなければ「午前中には…」というつもりで書いているブログも、日曜日となると、つい油断をしてしまう。しかし、今日はそれなりの理由があって、遅くアップしたことを、以下で正当化をしようと思う。

実は昨日は、ある予備校主催の「一橋大入試研究会」が立川で開かれ、それに参加をしてきた。日頃から入試問題に目を通してはいるが、予習として講演者の先生が執筆者の一人となっている青い色の本にも目を通しておいた。2時間に渡る講演は、日頃自分も念頭において指導していることの正しさを裏付ける内容で、情報として新しいこと少なかったが(生意気言ってスミマセン)、全体として有益な講演であったことに間違いない。

その後、懇親会が場所を変えて開かれ、講師の先生、他校の先生、また予備校の職員の方と情報交換をさせて頂き、大変有意義であった。ところで「懇親会」と聞くと、“真面目な”私は「場所は予備校の教室で、アルコール無しの立食形式の歓談」をイメージするが、この予備校の素晴らしいところは(他にも沢山あるが)、バッチリお酒が出る「夕方以降の飲食店」が会場にしているところ。このような“アフター5”(文字通り講演が終わったのは5時)の会に参加させて頂くのは初めてではないので、想定の範囲内であったが、改めて、このような研究会の意義深さを認識する。というのも、真面目な方の「研究会」よりも、お酒が入った「研究会」の方が、より参考になる話が聞けたりするからだ。中締の後、セカンドステージに進む雰囲気に溢れかえっていたが、辛うじて残っていた理性で、帰路に着いた。

今朝は、何かに意欲的に取り組むなどということなしに、午前中くらい布団の中に居続ける選択肢もあったが、空手(昔からやっているのだが、まさに“細く長く”で一向に上達しない…)の稽古が予定されていたので(しかも場所は千代田区)、昼過ぎまで汗をかいてきた。自宅近くの駅に向かう途中は引き返そうかと何度か思ったが、行ってしまえば充実感を味わえる。帰ってきたのが2時過ぎということで、この時間にブログを書くことになった。これが、今日アップに遅れたことの正当化する理由。

ところで、昨日の研究会で、その昔、甲府で教員をしていたときの同僚に偶然会った。用事があって懇親会には出席されなかったが、私が初めて教員になって教科面でお世話になった、大先輩の教員(年は大きく離れていないが)である。数分程度立ち話をする時間しかなかったが、実は、昨日の研究会に行って最大の収穫とも言うべきが、元同僚と再会できたことである。
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for / in / during

生徒から前置詞の使い分けについて質問を受けたので、ブログで共有できればと思う。


「春に、春の間に」の前置詞は、for the springだったり、in the springだったり、during the springと、どう使い分けるのですか。


(1) What are your plans for the spring?
 (この春の予定は?)
(2) How would you like to spend in the spring?
 (この春のどんな風に過ごしたいですか)
(3) I would like to visit my uncle living in Nagoya during the spring.
 (この春に名古屋に住んでいるおじを訪ねたいです)

(1)は、planとの“相性が良い”forが普通。(2)のinは「季節」の前に使われるものとして最も一般的。因みに、普通は「春に」という際は、in springで足りるが、話題に上っている特定「春」であったり、後に、「2012年の」を表すof 2012などがあれば、theが付く。(3)は、しばしばinと置き換えが可能だが、duringの方が、継続の意味合い強い(CORE-LEX)。別な言い方をすると、duringは一般的に「(特定の期間)のあるときに(〜する、している)」のニュアンスが強い。

以前にも言及した「もう迷わない前置詞」という英語の書籍が書店で売られている。個人的に、生徒レベルの「迷い」はないものの、定型表現やコロケーションを超えたところでは、基本的な前置詞(in、ofなど)は存外使い方が難しいように思う。私の英語力では「もう迷わない」と言える日は、当分来そうにない。
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知恵袋

Yahooのサービスの1つに、今春の京大入試でカンニング騒ぎになった「知恵袋」がある。様々なジャンルに渡り、質問を投稿すると、それに対して回答を寄せてもらえる仕組み。試しに「英語」のジャンルで入ってみたが、中学生のドリルの問題のようなものから、質問によっては、「ハイ、これが回答ね」というようにはならない、質問者からすると真面目に困っているのかも知れないが、ひと言では到底片付かない質問まで、さまざまである。

辞書代わりに訊いてくる質問に対し、“プロ”(こちら)が回答するのはどんなものかと思いつつ、3つの質問に答えたところ、こちらのアップした回答2つが「ベストアンサー」との評価を得て返ってきた。悪い気はしないが、本心では、もしこれが中学生や高校生だったら、こんなことで答を知っても学力など上がらないのにと複雑な気持ちがした。もう1つは、速読英単語か何かにあった英文で、in principleという連語が、本文では形容詞句として直前の名詞にかかっているのではないか、という質問(元々の質問は、もっと要領の得ない内容であったが)。これに対し、コーパスでも確認の上「副詞句で使うのが普通であるし、少なくとも、質問で寄せられている英文の中では、形容詞句になり得ない」と回答した。私の他に、回答の仕方は大雑把(「意味が通らない」という説明)だが結論としては同じ回答が1つ寄せられたが、その後、質問者からは、うんともすんとも返事がない。

妙な親切心(?!)で答えただけのことだから、「知恵袋」の世界はその程度のものと認識した方が賢いのかも知れない。他のジャンルでは本当に役立つことがあるのかも知れないが、「受験/英語に限って言うと教育的な空間とは言い難い
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天才、奇才のジョブズ氏

TIMEのInBox(投稿欄)には、世間で広く同意されていることと正反対の意見、はたまた、TIME自体への非難の投書も載るほどで、TIMEの“懐の深さ”を窺い知ることができる。

最新号には、スティーブ・ジョブズの死を悼むコメントがいくつかあった後に、以下のようなコメントも読者から寄せられていた。

I'm sorry that Jobs is dead, but his impact is being grotesquely overrated. He is being compared—ridiculously—to Thomas Edison, who gave us the lightbulb, (中略) Stripped of all the adulation and hyperbole, Job’s little shop is revealed as little more than a technoboutique that has never commanded more than a small fraction of the computer market.

《語句》
grotesquely:気味の悪いほど
overrate:を過大評価する
lightbulb:電球
Stripped of A:Aが取り去られたとしたら〔分詞構文〕
adulation:お世辞
hyperbole:誇張表現
be revealed as A:Aと明らかになっている
little more than:に過ぎない
technoboutique:ハイテク商品の専門店
command:を自在に操る、を支配する

確かに、モノが売れない時代にあって、スマートフォンへ人々の関心は大きいが、昭和のナショナル(パナソニック)のテレビ旋風と比べれば、そこまでの域に達してはいない。ジョブズ氏は大変な才能の持ち主であることに間違いないが、神格化(?!)されつつある感がある。
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hopeの使い方


次の英文の空所にhopeを補った場合、不適切なものが1つある。その番号を答えよ。

? I (    ) to see you again.
? I (    ) you to attend the meeting in place of me.
? I (    ) that my son will become a doctor.
? I (    ) it will not rain tomorrow.


正解は?。hopeは、“want O to do”型を取らない。

ところで、英語では否定語は文の前寄りに置かれるのが普通だが、?をI don't hope it will rain tomorrow.としてしまうと、元の意味と異なる点に注意。thinkの様な意味的に「ニュートラル」な語と違って、hopeは「を思う+『期待』」で「を望む」という様に、プラスの意味をはっきり持っている。したがって、?は、あくまで「雨が降らないということを望んでいる」のであって、「雨が降ることを望んでいない」のではない(それに、理屈で考えれば、「雨が降ることを望んでいないもいなければ、降らないこと望んでもいない」場合もある)。

ついでに、hopeに代わって、wishはどうか。wishは、“want O to do”型を取ることが可能。一方で、hope that S+Vのようにした場合は、Vが仮定法になるのが普通だから、hopeのように直説法を用いるのは間違いである。
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calligraphy≠ 書道

質問に来る生徒で、英文の断片だけを持てっきて意味が取れないので教えて欲しいと言われ、閉口することがある。少なくとも1段落、いや本来なら全文を見せてもらわなければ分らないことがある。生徒は分らないところだけをピンポイントで持ってきて、こちらが何でも答えられとでも思っている節があるが、まるでネイティブがクロスワードパズルを解くかのように、英文を見たら背景知識や文化がすべて動員されて即答できることなど、そうはない(私の場合)。

さて、先月5日無くなったスティーブ・ジョブズに纏わる英文はたくさんあるが、彼の生き様をCROWN(三省堂)のReading(平均的には高校3年生向け)のLesson 1で見つけた(正確に言うと、同僚から教えてもらった)。

この中には、英文全体を読んでもピンと来ない箇所がある。以下に、Lesson 1の§1を示す。

“I never graduated from college. Actually, I did go to college but after six months I couldn't see the use in it. So I decided to drop out and hope that it would all work out OK. It was pretty scary at the time, but looking back, it was one of the best decisions I ever made. The minute I dropped out, I could stop taking the classes that didn't interest me and begin dropping in on the ones that looked far more interesting.

“I decided to take a calligraphy class, and I fount it very interesting. None of this had even a hope of practical use in my life. But ten years later when we were designing the first Macintosh computer, it all came back to me, and we designed it into the Mac. If I had never dropped out, I would never have dropped in on that calligraphy class and personal computers might not have the wonderful calligraphy that they do.

“Of course, it was impossible to connect the dots looking forward, but it was very, very clear looking back ten years later. You have to believe that the dots will somehow connect in the future. You must trust in your destiny, believing that the dots will connect down the road will give you confidence to follow your heart, even when it leads you off the usual road, and that will make all the difference.”


この英文を読んでいて、なぜcalligraphyなのかぜんぜんピンとこなかった。日本文化に関心を持っていたジョブ氏と伝えられているので、てっきり「書道」かと思ったら、これは、英米行われる「レタリング」のクラスであるらしいことが分った。つまり、レタリングの勉強をしたので、マックで綺麗なフォントを取り揃えられたと言っているようである。

本校で採択している教科書でないので教授資料はない。なぜ「レタリング」「フォント」と分ったかというと、原文をインターネットで見つけたからである。その英文とは以下の通り。

Reed College at that time offered perhaps the best calligraphy instruction in the country. Throughout the campus every poster, every label on every drawer, was beautifully hand calligraphed. Because I had dropped out and didn't have to take the normal classes, I decided to take a calligraphy class to learn how to do this. I learned about serif and san serif typefaces, about varying the amount of space between different letter combinations, about what makes great typography great. It was beautiful, historical, artistically subtle in a way that science can't capture, and I found it fascinating.
None of this had even a hope of any practical application in my life. But ten years later, when we were designing the first Macintosh computer, it all came back to me. And we designed it all into the Mac. It was the first computer with beautiful typography. If I had never dropped in on that single course in college, the Mac would have never had multiple typefaces or proportionally spaced fonts.

検定教科書に載る英文なので、相当程度リライトしなければならないのは分かるが、CROWNの英文はあまりに分りにくい。生徒には、後の英文が読み易いことはないだろうが、やはり原文を見ると、状況が手に取るように分る。ネイティブスピーカーの目も通っており、授業を受ければ分る仕組みになっているのかも知れないが、私としてはもっと別なリライトの仕方があったのではないかと思えてならない。なお、教科書にcalligraphyに関する注釈は一切無い。
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