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夏休み突入

講習が昨日で終わり、ほっとした。生徒にとっては、まだまだこれからが勝負どころだが、私自身、教材を作ったり、英語を勉強するのが楽しいのはその通りだが、やはり授業があると、いろいろと発見があり「あそこは、違った説明の方が良かったかな」などと思いながら、また次の準備をするのも楽しい。後は、学力が付いてくれることを望むばかりだが、ある進学データによると、東大(文一)に浪人して合格した生徒の成績を追跡調査したところ、特に理社、次いで国数で、現役時と浪人してからでは成績の伸びに差があったが、英語に限って言うと、浪人しても、現役時と比べて、一般に思われている程上がっていなかったそうだ。統計が絶対ではないし、文一に受かった中でも“特定の集団”についての数値だろうから、少し注意して受け止めるべきだろうが(それに、文一に受かる生徒は、そもそも平均的に英語が良くできるということもあろう)、1つ言えるのは、やはり英語は成績が上がるのに時間がかかるということである。

生徒と面談していると、夏休み明けの模試で、良い点を取りたいと“決意表明”する者がいるが、その意気込みは理解するが、40日そこそこで、模試で点数が上がるなら、今からシャカリキになってやらなくても、大丈夫ではないか。しかし、点数が早々に上がることなど、この仕事をしていれば、「無い」と分かっているので、もっと先(つまり、センター試験や個別の大学入試)を見据えて、焦らず地道な勉強をして欲しいと思う。

突然だが、8月から当ブログは夏休みに入る(どうしようかな、続けようか…)。とりあえず、4月半ばから今日まで毎日更新をしてきた。取りとめのない話ばかりで、このブログをきっかけとして勉強の励みになったとかいう話は一切無いし、また、その解釈違うんじゃないかという意見が寄せられることも無かったが(でも、時々寄せてもらったコメントはとても嬉しかった!)、今日で7月末を迎えた。英語教師として大先輩(そんな呼び方をするのも憚れるが)であり、私の尊敬する「道場主」が何年も毎日ブログを書き続けていることを考えると「自分はまだ甘いな」と思うが、また2学期から再開するので、このブログを読みに来てほしい。では、生徒の皆はこれから一ヵ月間、後悔のない時間を過ごしてください。生徒以外の方、暑い日が続きますが、どうぞご自愛ください。それでは、9月1日まで。Best wishes!
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「読め」(発言の前後/空気)

英語の問題を解いたり、英文を訳したりする時、前後をよく読まなければならないのは、論を待たない。下線が施されているところで、「そこでの意味」が問われている場合は、前後を目を皿のようにして読む必要がある。さて、ここからは、英語の話から逸れて…、

政治家や有名人の発言の一部だけを取り上げて、“失言”とマスコミが呼び、結果、辞任に追い込まれたり、ブログが炎上したりおお、怖っ)することがあるが、前後の話を聞くと、糾弾されているような意味には全く取れなかったり、単なる被害妄想的なものだったりして、他にも書かなきゃならないことがあるだろうと思わざるを得ないときがある。

しかし、過日「知恵を出さないやつは助けない」で辞任した大臣の発言は、前後を聞くと、益々怒りを覚えるような話で「あんた、そんなに偉いのか」と言いたくなる程である。暴言部分を書いたら、その社(マスコミ)は終わりだ、と言ったと伝えられているが、正にその部分も含めてTVで放送されたのを見て、開いた口が塞がらなかった。東北放送が、その議員の恫喝に怯むことなく報道したため、全容が世間一般に知られることになった。繰り返しになるが、一部分だけを取り上げて報道されているものの中には、真意が伝えられずに謂れのない非難を受けるものがあるが、前後の文脈をしっかり捉えた上で解釈すると、確信を持って恫喝と呼べる今回の件は、甚だ不愉快な話だ。

この議員は「3月11日以来、民主も自民も公明も嫌いだ」と話したとも報道されているが、国会議員の歳費(給与)は、税金で賄われているので、こういう発言ができる。これが一般社会では、仮に嫌いでも「給料を出している相手に『あんたは嫌いだ』」と言えない。以前、総理大臣が、支持率が1%になったとしても辞めない、と言ったたとされるが、立場の違いと言われればそれまでだが、政治の世界にいる人間と一般人とでは、人種・国籍が違うかのようである。「寝ている生徒がほとんどで、(授業を)聞いている生徒が1人しかいなくても、授業は頑張る」と私が言ったら、物笑いだ。
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asの語源

校内の講習会が既に始まっているが、今年は日頃から教えている高3生に加え、高1生の「読解」を担当することになった。

学校の教師の場合、英語を教えて給料を貰っている部分は、学期中だと半分程度かと思うほど、英語を教える以外の仕事で手がふさがる。そんな訳で、長期休業中にある講習会は、ホームルームに行くこともなく、授業オンリーとなるため、いつもとは違った感覚で、心地よい緊張感がある。

さて、今日教えた高1生の一人が授業後に、「asの語源はラテン語ですか」という想定外の質問をしてきた。このような“想定外”な質問は、極めて優秀な生徒であるか、その反対であることが多く、一般の生徒なら「意味」「品詞」を確認する程度だろう。

今日は短文レベルで5文型をしっかり捉え、日本語に訳すという課題に取り組んでおり、その中で、My uncle grew rich as his business expanded rapidly. という英文があった。そこで私は「asは品詞や意味について、他にも様々あるので、出てくるたびに紙辞書でチェックするのが良い」と言っていた。

さて、先の生徒の質問だが、比較の最初のasは別として、基本的に機能語として使われるasがラテン語由来か否かなど「知らない。自分で調べたら」と答えることに殆ど躊躇いも覚えないのだが、サービス精神を発揮して「じゃあ、調べておくから、明日まで待っててね」と返答した。全く当てにしていなかったが、ALCのサイトで語源を調べると「入力単語が短すぎます」と出てきた(そうだろう。asの語源なんか調べないよ、一般人は)。ジーニアス大英和では「古英語でalswa "quite so"(まったくそのように=all so)」と出ていた(なお、ウィズダム英和では「alsoの弱形」と出ている)。

なるほど…。「a(不定冠詞)の複数形と出ていなかったので安心した」というのは冗談だが、これを明日そのお利口な生徒に教えてあげようと思う。

ところで、重たい紙版のジーニアス大辞典をで引くの億劫がって、電子辞書で調べたところ、as見出しに《代》とあり「代名詞」のasって何だ、と思いながらしばらくスクロールして見て行くと、発見。何てことはない。ただの「[疑似]関係代名詞」のことだった。私にとっては、語源を知ったよりも、関係代名詞asの品詞が辞書上「記号/略文字」で表記される際に、《代》なっていることの方に、妙な新鮮さを感じ、調べた甲斐があった(厳密に言えば、電子辞書を使ったから、余計な疑問を持ったのであり、紙辞書であればasが関係代名詞で例文も直ぐに目に飛び込んで来ただろうから、何ら問題も感じなかっただろう。「電子辞書君、ありがとう。紙辞書の良さが、再確認できたよ」)。
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本文の内容に「合っている、間違っている、判断できない」で困っています

頻度からすると低いが、入試問題や何がしかテストで、読解の内容真偽の問題を三択で問われることがある。つまり、本文の内容に「合っていれば?、間違っていれば?、判断できなければ?」のようにである。

基本的にこのタイプの出題は一般的でないと思う。問題を作る側も、十分に推敲する中で、?でも?でも良いのではないかと、「正に、判断できない」状況になりかねない。

私にとって一番記憶に残っているのは、'99年頃に慶応-法で出された、エルニーニョとラニーニャの話について、最後に内容真偽としてa〜jの10の選択肢をそれぞれ判断するというものである。

ところで、法律の世界では、一見すると常に白黒はっきりした結論が裁判所で出されるように思われるが、その内容をよく読んだり聞いたりすると、例えば刑事裁判で「被告××を有罪と判断するだけの十分な証拠がない」から“無罪”という判決が出ることがある。

単純に考えると、有罪・無罪の2つに1つという世界であるはずのように思われるが、地裁と高裁で判断が分かれることがあるくらいだから、グレーゾーンがあって不思議はない。それからすると、慶応-法の出題も、これから法律を学ぼうとする学生に課す問題としては“アリ”かも知れない。

さらに言うと、記憶が正しければ、この慶応の問題の解答の1つが、旺文社の「入試問題正解」と、今は無くなった研究社の「入試問題の徹底的研究」とで異なっていた。それ程に?と?で区別が付けにくい問題だったので、受験生にとっては少々気の毒だ。

さて、なぜこの「合っている、間違っている、判断できない」を取り上げたかと言うと、今日の講習の読解問題で、「内容に一致するものは(ア)、矛盾するものは(イ)、関係のないものには(ウ)」と解答する10の選択肢があり、不覚にも手元の答と、自分の解答と合わないものが1つあるからである。選択肢ならまだしも、本文を全部載せても、ブログを読む人には苦痛かもしれないので、敢えて割愛しポイントだけ紹介する。

《選択肢》
Americans people are very sincere when direct eye contact with the person they are speaking to is maintained, and insincere when it is not.

とあり、模範解答では(ア)となっている(以前、私が作ったのだが、何かを参考にしているはずなので、この解答の確度は一応高い)。他方、それに相当しそうな箇所を本文で探すと、

《本文》
Americans, on the other hand, consider strong eye contact to be equal to sincerity. If the other party fails to give sufficient eye contact — during negotiations for example — the American gets the feeling that the other person is being double-minded and insincere.

sincere云々の記述はここしかないので、この箇所と選択肢を比べると、選択肢は「アメリカ人が、〜の時、誠実である」と読めるのに、本文は「アイコンタクトをしっかりすることが誠実であると考える」と読めるので、(イ)の矛盾するより(ウ)の関係のないもの、との判断が適切と思われるが、手元の解答ではそのどちらでもなく、(ア)となっている。この扱いについて、どうするか、授業までまだ数時間あるので、考えてみようと思う。
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英語でも、“止め、跳ね、払い”?

つい最近、自分が口座を持つC銀行に用があって立ち寄った。そこでは、印鑑ではなく、サイン(漢字ではなく、ローマ字)を登録していたのだが、その銀行で、別な口座を開設しようとしたところ、書類にサインを求められた。すると、行員が「登録してあるサインと微妙に違いますね」と、意外な返答をした。そもそも、既に登録済みのサインで開設した口座のキャッシュカードを提示し、暗証番号もキーを叩いて正確に入力しているので、多少違って見えようが何だろうが『自己同一性』は明らか。「本人であることに間違いないです。免許証だって、健康保険証だってありますよ」と言う私に、対応した行員が、自分の見ているモニターをこちらに向けて「ここが少し違うんです」と説明した。

私のサインは、筆記体をかなり崩した感じなので、サインを見て、私のフルネームが再現できる人は少ないと思う。この日のように“ドンピシャ”のサインをすることが求められるとしたら、常日頃から教科書にあるような筆記体にしただろうが…。兎にも角にも、これまで生きていて(は大袈裟だが、二十数年、その間、海外に住んでいて日本にいる以上に頻繁にサインをしてきているし、クレジットカードを使用する際のサインも、それこそ1,000円のものをカードで済ませる程、日常的にしてきている)サインが違うと言われたことは、一度たりともない。

ところで、「印鑑とサインと比べたら、どちらが不正に使用されにくいか」という問題は、debatableで、恐らく欧米の人は「サインは本人しか書けない。印鑑は偽造できる」と言うだろうし、日本人、中国人なら「サインは真似ができるだろうし、正式度で言うと、印鑑より一段低く見える(カジュアルな感じがする)」と言うだろう。

結局、上司の許可を得て、その行員はOKを出したが、もしNGだったとしたら、直ちにその銀行とは取引きをやめ、口座を閉じることも考えただろうが、その場合も、サインを求められ、NGが出たのだろうか。

因みに、サインで違うと指摘されたところは、漢字で言うと「止め、跳ね、払い」のような部分であった。行員の対応も悪くなく、その場では「じゃあ、100回くらい書き方の練習をしておきますね」と言って“大人の対応”をしたが、そのうち、このC銀行ではサインを使うのを止め、代わりに印鑑に使おうかと思っている。私の理屈では「書いたサインは、その人の本人もの(とみなされる)」であるのだが…。
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"Cheating" is NOT a "cunning" act but an UNFAIR one.

「カンニング、試験上の不正行為」を英語ではcheatingという。cunning は「ずる賢い」という意味だから、和製英語といは言え、筋が悪くない(しかし、The act of cheating is cunning.と言えるかと問われると「ずる“賢い”」だから、やはりダメである。unfairならOK)。さて…、

昨日届いた、TIME誌で、アトランタで教師や校長が生徒の試験で不正を働いていたとの記事があった。生徒ではなく、教育者がそのようなことを行うというのは、つまり、自分たちの教育の成果を実態以上に見せたいということが直接の原因であるが、その背景には、生徒の成績によって、学校が受けられる補助金が変わってくることがあるらしい。冒頭だけ、以下に引用する。

《Words》
In the end, Atlanta's teachers and principals were cheating only themselves. After a 10-month probe revealed that educators inflated students scores on state test, even erasing and correcting answers, Atlanta public-schools superintendent Erroll Davis gave 178 implicated employees ultimatum: resign or be fired. (TIME Aug 1)

in the end:結局のところ
probe:厳密な調査
reveal:を明らかにする
inflate:をつり上げる、膨れさせる
state test:州一斉テスト
superintendent:教育長 【難】
implicated employees:関与した教職員 【難】
ultimatum:最後通牒 【難】
resign:辞職する
be fired:免職になる

日本でも2007年に43年ぶりに行われた、一般に「全国学力テスト」と呼ばれているものがある。この試験に否定的な意見を述べる人の中には、上に挙げた英文と同じ危惧をしている人もいた。ちょうど、この「全国学力テスト」を取り上げた英文が2010年度の上智-経済で出題されている。以下に、紹介する(空所も補っておく)ので、読んでみて欲しい。この英文はThe Japan Timesからで、日本について記述なので、読みやすいだろう。

In April 2007, the education ministry revived nationwide scholastic tests for primary and middle school students after a lapse of 43 years. On April 21, some 2.345 million sixth-graders and third-year middle school students from some 32,300 schools sat for the nationwide tests for the third year in a row.

( To the relief of the ministry 文科省は安堵しているが ), Inuyama city in Aichi Prefecture, which skipped the first two tests saying that the tests fail to measure the abilities that the city really wants children to acquire, took part in this year's tests. But only 48 percent of the nation’s private schools participated in the tests ― down about five percentage points from last year ― an apparent sign that ( they have doubts about the tests 私立学校はこのテストについて懐疑的である ).

The ministry says the tests ― in Japanese and mathematics ― are designed to gauge the scholastic ability of individual children and help teachers improve their academic guidance of individual children. ( But ところが ) test results are released to students only after the summer vacation. Answer sheets are no longer in the hands of teachers, ( although しかし ) they have the ministry’s explanation materials. ( So よって ) how can teachers give proper guidance to individual children?

In such a situation, it is easy for parents, education officials and local politicians to become interested solely in the average test scores of each school, municipality and prefecture. This will lead to excessive and unnecessary competition, distorting the desirable direction of education. Although the ministry’s guideline bans making public the test results of individual schools and municipalities, some local government heads are trying to make them public.

First and foremost, the tests measure only ( part of 一部分 ) children's overall abilities. If so, then sampling tests and tests given at individual schools and classes would be sufficient for proper academic guidance. A poll last summer of 854 principals shows that while 48 percent support the nationwide tests, 44 percent want other methods. The ministry spent \7.7 billion in 2007, \5.8 billion in 2008 and another \5.8 billion in 2009. That’s a substantial amount of money. ( Continuing the nationwide tests would be a waste of money. 全国テストを続けるとしたら、金の無駄になるだろう。 )

皆は、このような一斉テストには賛成、それとも反対? コストに見合った便益はあるのだろうか?
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文句を言いながらも解いてみようか…

昨日の早稲田の問題。ネジリ鉢巻きまでして、真面目に解く価値があるか分からないが、問題7の方だけでも一緒に考えてみよう。開き直って考えれば、所詮、試験には必ず正解がある(ハズ)なので、出題者がどんなに無神経であっても、答を出すことは無理ではない。ちょっと見てみよう。

[A]
(1) Dr. Calcagno said the likeliest explanation for the behavior is the selection pressure of harvesting ― over generations, those caterpillars that did not descend, or did not go far enough, did not survive.
(2) O. scapulalis does not exhibit this descending behavior, called geotaxis.
(3) “There could be other reasons that explain the tendency to move down, but we have no evidence of what those reasons could be,” he said.
(4) This harvesting-induced selection, he added, could be widespread in other pests.
(5) Through field and laboratory tests, the researchers discovered that before it stops eating and spins its cocoon, the corn borer travels down the stalk, usually reaching a height at which it is safe.

a.1−3−4−5−2     b.1−4−3−2−5
c.5−3−2−1−4     d.5−2−1−3−4

選択肢を一瞥すると、(1)か(5)で始めることになる。(1)は下線部を施した部分が、指すものが不明なので選びにくい。(5)も「研究者」が誰なのか、判然としない。この不都合は、昨日書いた通り、後の8番を読まないと解決されない点。この時点で立ち竦みそうになるが、何の話か見えてこない面はあるものの、「その行動に対する説明として最も可能性の高いもの」は、ちょっと選びにくい。そこで、どんな研究者か疑問を抱えながらも、とりあえず(5)を最初に持ってくる。

1番目⇒(5)

すると、選択肢(2)のthis descending behaviorが目に飛び込んできて、これが次に来るのではないかと考えられる。(3)のother reasons that explain the tendency to move downも候補になりそうだが、other reasonsのように、既に理由をのべて、更にまた理由という流れでないので、(3)は分が悪い。

2番目⇒(2)

これで、選択肢は1つに決定されるので、dの 5−2−1−3−4 が正解になる。一応、確認してみよう。

(1)が3番目に来るというのは、(2)のthis descending behaviorを確かに、最初は宙ぶらりんだったthe likeliest explanation for the behaviorが指すので、良さそうだ。

で、ここまでくると、(3)のcould be other reasons that explain the tendency to move downが、しっかり(1)から引き継がれていることが分かる。

そして、最後に(4)。This harvesting-induced selection(induceは「を誘発する」の意だったことを思い出してね)のThisは前に述べられたことを受けて、「この収穫が原因となって引き起こされる選択」となって、一件落着。

でも、結果オーライでは済まない。やはり(1)か(5)の選択は悩ましいところであるし、また、この段落が完成したところで、英文全体として何を読み手に伝えたいのか、次の問題8に進まない限り、ぼんやりとしたままである。

仕事として高校入試を作成ことに携わったことがある先生なら直ぐに理解してもらえると思うが、中学生相手に試験問題を作るのは大変に気を使うものである。私立高校といっても、明らかに中学で習わないもの(実際は塾などで勉強している場合が多いのだが)を、しかも、1問2問ではなく、何問も出題するとなれば、その学校の見識が問われる。ある単語が、中学のどの出版社の教科書にも出ていなければ、注釈を付けるのが一般的だ(類推可能な場合は、注釈を付けないこともあるが)。

基本的に英語を習い始めて5年10ヵ月の、英語を外国語とする受験者に対して、大学の先生にはもっと現状を認識した上で出題して頂けないものだろうか。これは難易度のみを言っているのではない。出題の仕方から、これが予備校の模試だったらば、ボツになってもおかしくないものが、特に私大の入試で散見される。
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こんな出題でいいの?

今日のブログは、時間に余裕がある人にしか付き合ってもらえないかも知れない。以下は、この春の早稲田-理工(正確には、基幹理工 先進理工 創造理工だが、こういうネーミングはその大学の先生の自己満足でしかないように思える〔おっと、今日は最初から挑発的〕で出された問題。

7は「文整序」、8は「段落整序」となっている。ところが、注意しなければならないのは、7と8は完全に別個の問題ではなく、7の[A]とある、段落Aが、そのまま8で、順番がどこかという問題になっている。

私のような凡庸な英語教師には、なぜこのよう出題をしなければならないのか、理解ができない。まず、普通に7を解こうとする。選択肢をみると、正解は1か5のどちらかで始まることから、何とか正解を導くことは可能であるが、はっきり言って、dが選べて、正しく並んだとしても、8で正解しなければ、今一つ良く分からない話である。dが完成形であるが、8に進むと、このdの並びとなる、段落Aが、段落整序において、3番目か5番目に来ることになる。

このような、一方ができないと、他方ができない、しかも順番として7→8と進むのが自然なのか、大変に疑問を感じる。

時間がある生徒は、粘ってチャレンジして欲しいし、ひょっとして御同業の方や“腕に覚えのある”人がこのサイトを読んでいたら、問題に目を通して頂き、感想をお寄せ頂けると幸いである。個人的には、出題者(大学の先生)が、如何に現在の生徒(浪人生も含め)の学力をご存知でないかを表わすものと思えてならない。

受験生は「当たるも八卦、当たらぬも八卦」で選び、たまさか正解が連続すると、合格することになる。昨今、多くの大学で、就職等に向けてTOEICの指導などに力を入れているようだが、この手の英文が読めたことにしておいて合格を出し、他方、大学生がTOEICの勉強に精を出しているとしたら、何とも滑稽である。

Choose the best answer from a−d for questions 7 and 8.

7. Paragraph A below consists of five sentences 1−5, which are not in the correct order. Rearrange the sentences and choose the correct order.

[A]
(1) Dr. Calcagno said the likeliest explanation for the behavior is the selection pressure of harvesting ― over generations, those caterpillars that did not descend, or did not go far enough, did not survive.
(2) O. scapulalis does not exhibit this descending behavior, called geotaxis.
(3) “There could be other reasons that explain the tendency to move down, but we have no evidence of what those reasons could be,” he said.
(4) This harvesting-induced selection, he added, could be widespread in other pests.
(5) Through field and laboratory tests, the researchers discovered that before it stops eating and spins its cocoon, the corn borer travels down the stalk, usually reaching a height at which it is safe.

a.1−3−4−5−2      b.1−4−3−2−5
c.5−3−2−1−4      d.5−2−1−3−4 (正解)

8.Paragraph A above and the four paragraphs B−E below make up a five-paragraph passage but are not arranged in the correct order. Rearrange the five paragraphs and choose the correct order.

[B] In a paper in The Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, Vincent Calcagno, a biologist now at McGill University, and colleagues show that, behaviorally, that makes all the difference in the world. For mugwort is neither harvested nor grazed, while corn has been harvested for centuries.
[C] In harvesting, either mechanically or by hand, the stalks are cut off some height ― often 6 to 15 inches ― above the ground. Any corn borers above that height will surely not survive when the stalks are shredded, burned or fed to animals.
[D] One thing about evolution ― you never know what’s going to influence it. Take the European corn borer, for instance. Researchers have just made a strong case that a certain aspect of its behavior has evolved because of human harvesting of corn.
[E] The corn borer, Ostrinia nubilalis, is a pest caterpillar that spends spring and summer feeding on its host corn stalk before spinning a cocoon for the winter. It is almost identical to a related species, O. scapulalis ― in fact, until recently the two were thought to be one. But O. scapulalis’s host plant is not corn, but a weed known as mugwort.

a.B−C−D−E−A         b.D−E−A−C−B
c.D−E−B−C−A (正解)    d.B−C−A−E−D
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うるさい英語教師

最近は、職場で行われる定期検診(check-up)ではなく、半日で済む人間ドック(thorough medical check-up)入ることにしていて、昨日がちょうどその日だった。小さい頃「人間ドック」と聞いて、これはまじめな話なのだが、パンに人が挟まっている様を想像しては、「何なんだろう。余程、すごい体験をするに違いない!」と無邪気に考えたものだ。

ところで、帰りがけに、通りを歩いていると、串かつ屋だったかと思うが、宣伝文句に、「ソース二度がけ禁止!」と、eye-catchingな幟が立っていて、いかにも味に自信があるかのようだった。昼間から串かつという気にもならず、その店はパスしたが、どうも、店側で自慢のソース壺か何かに一旦浸してから客に出すので、客はソースをかけるに及ばないという意味らしい。価格競争の波は外食産業にも例外なく及んでおり「お客様、お好きなだけ…」という“謙虚”な店が多いご時勢で、このような、自信満々な店を見ると、かつてTVでよく放送されていた「うるさいラーメン屋」(=店主が、あれはダメ、これもダメと、やけに居丈高!)が思い出される。

ちょっぴり似た話が、昔まだ受験で競争があった時代(予備校の先生にとっても、今よりも恵まれていたと思われる時代)、Yゼニのある英語の講師の言葉が思い出される。これは、私が直接聞いたのではなく、浪人をしていた友人から聞いた話。“師”曰く

私は授業の質問は受け付けない。授業をキチンと聞いていれば、質問は出ないはずだから。ミスプリがあったときだけ、講師室に来ても良い

今からすると、正に隔世の感を拭えない。最近では学校の教員に「個別指導をしてくれないのですか?」「学習支援体制はどうなっているのですか?」といった“御要望”が保護者来る。正課をしっかり教えた上で、さらに個別に丁寧な指導して欲しいということらしいが、中高の教育サービス産業化傾向には、眉を顰めたくなる。子どもが自立するには「不親切、不自由、不便」の経験が必要と聞いたことがある。そう言えば、うろ覚えだが以前、英語教師の研修会で、東京にある私立KS高校の教員が、“教育的不親切”(?!)とかいう言葉を使っていたのを思い出した。その学校では、補習や講習など一切やらないそうである。

私も「うるさいラーメン屋」ならぬ「うるさい英語教師」になりたいが、なかなかそうも行かず「うるさく言われる英語教師」が実情である(でも、それは、まだ頼りにされているとも言えるのだが)。
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18(19)才で“あがり”の人

Romeを含む英語の諺で直ぐに思いつくものが3つある。

(1) Rome was not built in a day.
(2) When in Rome, do as the Romans do.
(3) Better to be first in a village than second at Rome.

今日は、(3)で終わる話を書いてみる。

昨今の少子化の影響で、専門学校は学生集めに相当苦労していると聞く。中には、アジアの留学生を積極的に受け入れているところもあるらしい。そのアジアの学生は、日本で職業にダイレクトにつながる技術が学べると同時に、週20時間までは合法的に仕事をすることが許されるので、専門学校とこれら留学生の双方にとって、利害が一致している。

と、ここまで書くと、専門学校の“劣化”を言っているように聞こえるかも知れない。確かに、かつて、大学受験において真に「競争」があった頃は、四年制大学の代わりとして短大や専門学校という選択があったかも知れない。しかし、生徒集めの苦労を伺わせる状況があるにせよ、「とりあえず大学」という学生と比べると、何をしたいのかが明確になっている専門学校生の方が、はるかに真面と言えないだろうか(実態は、とても二極化していて、自分の好きな分野に進んだ学生は、意気揚揚としているのに対し、「高卒後、就職するのも厳しいので、専門学校に」という人は、大概途中で辞めて行くとのこと)。

先日、某英語の資格試験の面接委員として、会場となった○○外語学院に足を運んだ。試験室担当の女性に「学生さんですか」と尋ねると「ここで勉強しています」との返事が返ってきた。専門学校で2年生に在籍しているというから、そろそろ就職活動の頃と思われるが、二言三言交わした中で「目的意識をしっかりと持った、良い学生だな」との印象を抱いた。専門学校生であっても、きっと思うような就職活動ができる良質な学生に違いない。

私の経験では、どこの大学出身でも、上位10%は大変優秀という感覚がある。逆に“立派”な大学でも、就職の面接に来て「この人、本気?」と思わざるを得ない学生を目にすることも少なくない。仮に誰もが知る有名大学の卒業であっても、それは18才の学力を表わすだけであって、努力を怠ると卒業する頃になっても、18才止まりの「残念な人」になってしまう。

就職難の時代にあって、東大はそれでも別格と聞くが(実際に子弟を持っている人がそう言う)、GMARCHレベルでは、かつてのような就職口に届かない学生が数多(あまた)いるそうだ。Better to be first in a village than second at Rome.(鶏口となるも牛後となる勿れ)という諺は今の学生に向けた警句としてピッタリではないだろうか。
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CD使ってね!

職業柄、必要に駆られて、受験生が使うような学参は、なるべく目を通すようにしている。それは、必ずしも書店での「立ち読み」で済むものでないから、少ない予算(身銭)で、現物を買うことになる。時間と労力をかけて執筆した先生方には申し訳ないが、最近ではAmazonというネットショッピングで、新品はもとより、中古品も驚くほどお得な値段で購入することができる。

最近、つとに思うのは、どの本も大概、音声CDが付いていて、学習者にとっては至れり尽くせりであるということだ。かつて勤めていた仕事では教材用としてのCDを、また現職でも以前、入試でリスニング問題を作成するにあたって、スタジオを借り、プロのナレーターを使って、音声教材や試験問題のCDを作成した経験がある。また、日頃は、波形ソフトを使って、音声の切り貼り作業をすることも多い。これらの経験から思うのは、一枚のCDを作るのに、いかに労力を要することか、ということである。

その“至れり尽くせり”状態と反比例するかのように、生徒たちは、音声CDを十分に活用しきれていない(どうかすると、封すら切っていない)。語学の勉強には、これと言った秘策など無く、五感、六感(手を使って憶える、筆写などは、“筆覚”とも言うべきだろう)をフルに使い、反復練習をするのが、上達には時間がかかるとしても、確実な方法である。1,000円前後の学参で、CDが2枚も付いていようものなら、大変良心的である。リピートしたり、ネイティブの発音に被せて読んだり、繰り返し聴くことで、リスニング力は確実にアップする。英語教師なので、自慢にもならないが、私もこれで、TOEICのリスニングでは満点が取れた。皆も実践して欲しい。
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名詞“四連発”だけが理由ではない?!

入試、とりわけ模試では、特段に専門的な内容の英文が出る可能性は低い。キチンと復習した生徒は記憶に新しいと思うが、以下の英文は過日実施された模試の長文問題から。出典であるDigital DivideThe Three Stages(Jakob Nielsen)とほぼ同じで(取り消し線の部分が、模試では書かれていない)基本的にリライトはされていない(原文ではデジタルディバイドをeconomic divide, usability divide, empowerment divideという3つの段階で論じている)。

《英文 ¶7》
Whereas the economic divide is closing rapidly, I see little progress on the usability divide. Usability is improving for higher-end users. For this group, websites get easier every year, generating vast profits for site owners. Because they now follow more e-commerce user experience guidelines, companies that sell online typically have conversion rates of around 2%, which is twice the conversion rate of the bubble years. That's all great news for high-end users, but the less-skilled 40% of users have seen little in the way of usability improvement. We know how to help these users -- we're simply not doing it.

模試では、青でハイライトされているhigh-end userとconversion rateに限って、それぞれ「コンピュータに熟達している人」「企業のウェブサイトの閲覧者数に対する、そのサイトで商品を購入したり会員登録を行ったりした人の割合」という注釈が付いていたが、e-commerce user experience guidelinesの部分は、前後の文脈から理解しろというのか、それとも、リライトが上手くできなかったのか、それとも特に問題と感じなかったのか…、事情は不明だが、生徒にとっては相当読みづらかったに違いない。教師が読めば分るとしても、e-commerce user experience guidelines専門的術語の範疇に入ると言って良い。設問とも関係しているので(下線部の原因は何だと考えているか。40字以内の日本語で答えよ)、これを涼しい顔(?!)して出題する意図が分らない。

さて、件のe-commerce user experience guidelinesだが、品詞としてはすべて名詞だが、まずuserがexperienceを修飾し「利用者の経験(いっそのこと“利用経験者”とした方が分かりやすい)」となる。これを、その前にあるe-commerceが修飾し、「電子商取引利用者の経験(つまり、電子商取引利用経験者)」となる。これが1つの形容詞のように働いて、guidelinesを修飾し「電子商取引利用者の経験のための指針」(≒ guidelines for e-commerce user experience)となる。イメージとしては、

[ [ e-commerce → [ userexperience] ] → guidelines

なお、e-commerceの前にあるmoreは、直接的にはguidelinesにかかる。日本語訳は以下の通り。

《ピンクでハイライトされた箇所の訳例》
彼らは、現在はもっと多くの、電子商取引利用者の経験のための指針に従っているので、

前後の文脈という“助け”が無いわけではないが、それにしても、限られた時間でどれだけの生徒が正しく理解できたのか、甚だ疑問。で、皆はどうだった?
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学参の名前に騙されるな

久しぶりに大きな書店で、長時間「学参」コーナーで時間を費やした。殊、英語という科目については、正に溢れんばかりの書籍が所狭し並べられているが、そこで気になったこと。それは、参考書や問題集のタイトルである。「××だけ押さえれば」「超××」「××大に出る英単語」「5分で××が読める」「これでわかる××」「夢をかなえる××」「読解スピードが××倍になる」「××大英語のすべて」 これらは、英語を教えることを生業としている者からしたら、ほとんど詐欺に近いと言っても良いほどである。某予備校(「予備校」というのはカテゴリーであって、正式名称に「予備校」という名は付いていない)が出している、耳触りの良い問題集シリーズ、某高校の教員が書いている書籍など、売れるものなら形振り構わずという感じである。中身の良し悪し以前の問題として、プロとして後ろめたさを感じないのだろうかと思わざるを得ない。もう少し正攻法で書名を付けることができないものか。

これはまた別の機会に詳しく述べたい点であるが、個人的に最も抵抗感を覚えるのが「速読××」である。まず、ノーマルスピードがどれだけかを示さず「速読」というのは、ナンセンス。また、英文を読むということは、喩えて言えば「気を見て、森も見る」という作業であって、短距離走を走るかのような読み方をするのは、大学入試では必要ない。英語のプロである教師が、いわゆる「速読」に挑戦というのならまだしも、英文を3〜4行読むのに四苦八苦している学生にとって、速読もへったくりもない。

受験生に問いたいのだが、中学2年生の教科書にある英文は、楽に読めるだろう。その時、速読をしているのだろうか。さっと読めるというのは、英語の力が付いているから、余計な後戻りをせずとも、スッと意味が頭に入って来るのである。もちろん、時間を意識して読む訓練は、ある段階では必要だが、だからといって、これから夏に向けて勉強しようとしている受験生が「速読××」を手にするのは、如何かと思う。「センター形式の問題が最後まで終わらなくて…」というのも、速読の問題ではなく、時間を掛けてはいけないところで時間を掛け、時間を掛けるべきところで、タイムアップになってしまっているのが原因である。

Make haste slowly.(急がば回れ)というぴったりの諺がある。せめて、この夏中に、短文レベルがキチンと読める程度にまでなって欲しい。
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〜しに行く(go ...ing)

go shopping to Ginzaというのは誤りで、go to Ginzaとう発想は捨て、shop in Ginzaと考えれば、go shopping in Ginzaとなり、正しい英語になる。「蔵王山にスキーに行く」なら、go skiing at Mt. Zaoだし、「諏訪湖でスケートをしに行く」なら、go skating on Lake Suwaである。

こういった、前置詞のトリッキーな面が英語にはあって、学習者は苦労する。尤も、なぜ、toにならないかの理由は単純なので、理屈が分かれば間違えることは大幅に減るはずだ。

それでは、日本語のネイティブである我々は、日本語の助詞はもう完璧かというと、少々怪しいということを認識させられるコラムを日曜日の産経新聞で目にした。

「靖国神社(  )参拝する」というとき、空所に入れる助詞は「」か「」か、というものである。さて、何を選ぶか?

記事によると「参拝」が「寺社に参って拝む」意であることから、「」となっても良さそう〔この点は英語のinやatやonとは逆の発想〕だが、産経そして、読売、朝日などの他紙でも「を」がしばしば使われているという(完全に統一されていないらしい)。確かに、広辞苑を調べると、ほぼ同じ定義(社寺に参って神仏を拝むこと)が出ている。

「参拝」+「行く」=「参拝に行く」と言ったりすることから、「参拝する」という表現自体から「(寺社に)参る」の意味が失われて、「参拝する」が「(神仏)を拝む」意に捉えられるようなったため、「参拝」が散見されるのではと産経のコラムは推測している。

何となく判ったような、判んないような話である。というのも、英語ではworshipは、通常はvtで、worship God(神を崇拝する)のように使うが、viとしてならば、worship at church(教会で礼拝する)になる。つまり、「靖国神社を参拝する」を、go worshipping at Yasukuni Shrineと言うのは文法的には正しいが、拝む対象が「英霊」だとすると、この英語自体あまり意味のないものとなる(神社に行くことははっきりしているが「何を拝みに?」だからである)。

とここまで書いて、改めて産経の記事を読むと、続きがあった(以下、抜粋)

<途中省略>「を参拝」と続けた場合は、「靖国神社」は単に場所や施設を示すだけでなく、「祭神(英霊)」の概念にまで高められる。英霊の存在を常住身近に感じたいと念ずるのが信仰心の極みであるとするなら、「参拝」の方がむしろ好まれても別段、奇があるようには思われない。

Bingo! やはり‘worshipの目的語問題(?!)’は、一考の価値があったようだ。しかし、段々難しくなってきたので、今日はこの辺で止めておく。

ところで、靖国は一旦置いておいて、go worshippingという表現をGoogleで見ると、その後にJesusなどが来ている例がある。worshipをvtで使っていて、やはりこちらは分かりやすい
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コロケーションとは

「コロケーション」とは、ある語(句)同士の習慣的な結びつきを意味する。文法的には全く問題なく、それなりに複雑なことも書いているのに、「不自然/間違い」との判定を下されることがある。これは、多くの場合、コロケーションとして問題があるからだ。

Caffeine gives us a lift.(カフェインは気分を高揚させる)と言うからといって、giveの主語に来るものが、人以外に何でも持ってこれる訳ではない。また、giveの目的語が何になるかによっても、許容される、許容されないの差が出てくる。

「語(句)同士の習慣的な結びつき」で思い出したが、Googleで「菅直人」「有能」で検索をすると、

もしかして: 菅直人 無能

と出てくるらしい。Googleはスペリングミスや、言い回しがおかしい時に、「もしかして」(英語では、Search instead for)で、候補を示してくれる。Googleは、政治的志向をもって、別な候補を挙げているのではないから、二度繰り返すのは憚れるのでしないが「一国の首相名+有能」でこの有様は何とも嘆かわしい。
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星占い

血液型による性格分析や、様々な占いは基本的に信じてはいないが、週末のThe Daily Yomiuriに掲載される「星占い」が、意外と自分に当てはまることを感じていて、時々目を通しては「あたっているかも?!?!」と思うことがある。来週一週間の星占い(Omarr's Astrological Forecast)では、以下の通りとのこと。

Humor is a handle that helps overcome the humdrum. Next week, you can enjoy respect. Never become so important, so wise, so dignified and so powerful that you forget how to laugh at yourself.

《Words》
overcome:(vt)に打ち勝つ、を克服する
handle:(n)利用できる機会、取っ掛かり
humdrum:(n)凡庸、退屈さ
dignified:(adj)威厳のある
powerful:(adj)頑固な

なお、so ... that 〜の構文が最終文で使われているが、ここでは「【結果】『…なので〜』」よりも「【程度】『〜なほど…』」で訳すのが普通(というか【結果】で訳すのはムリ?)である例。

言い忘れていたが、私は11月23日生まれなので、射手座(Sagittarius:Nov. 22-Dec. 21)である。よって、皆に当てはまるものではないので、注意を(そもそも、占いなので、真剣に読む必要もないかも)。

皆さんは自分の星座をしていますか。(Do you know what your star sign is?)

※ 星座と言っても、星自体ではないので、star signとかzodiac signなどのように言う。
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やはり「続けること」 これが大事

アメリカでサッカーと言うと、第一に女子スポーツというイメージがある(男子の代表的スポーツは、アメフト、バスケ、そして野球)。そのアメリカの女子チームと日本のチームがワールドカップの女子サッカー決勝戦で戦う。個人的に日本チームに付けられる「なでしこ」という形容に違和感を覚えるが、ともかく健闘を祈りたい。

スポーツネタで行くと、丁度、魁皇が千代の富士の最多白星に並んだかと思ったら、昨日はその上を1つ行く、単独最多となった。38歳のという年齢を聞き「継続は力なり」という言葉が本当に心に響くだけでなく、体が資本の厳しい世界にあって、私とは全く接点が無いが(相撲に特段に興味がないので)、大きな拍手を送りたい。そう言えば、だいぶ古い話になるが、最多白星を抜かれた千代の富士が引退を決意した時、「体力の限界。気力も無くなり、引退することになりました」という名台詞を残したのが思い出される。いまでも覚えているのだが、テレビのレポーターがそのセリフを新橋辺りのサラリーマンに披露し「どうですか。引退を決めたそうですが…」との問いかけに「そんなこと(=体力の限界、気力が無くなった)じゃ、サラリーマンは務まらないよ」と語っていたが、相撲で横綱になるとのと、サラリーマンをする(?!)のとどちらが難しいかと言えば、答えは明らかだ。大抵の人間は、横綱や、プロスポーツの選手、あるいは、ちゃんと食べていけるアーティストになるだけの才能がないから、サラリーマンをしている。サラリーマンが楽とか言うことでは全くないが、余程の努力の継続と才能がない限り、誰もが知る“有名人”になることは無理である。

ところで、大関魁皇の「大関」は、英語ではchampionという。「横綱」がすごく強そうというイメージから、私にとっては「大関って、どれくらい強いの?」というド素人的疑問があるが、英語の訳からして、相当強いに違いない。なお、横綱はgrand championである。
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丁寧に英文を読む習慣を持とう

英単語が分かって、文法がばっちりなら英文が読めるというのでないことは、昨日あったベネッセの記述模試からも分かったことと思う。尤も、英単語にしても知らないものがあって不思議ではないし、文法がばっちりということも、教師でもあるまいし、無理な話だ。

昨日の長文問題の1つにあった「デジタル ディバイド」(=情報格差)に関する英文を読んでみて、内容が掴めなかった人は、英語以前の問題として、背景・知識が欠如していると言わざるを得ない。高校受験までと異なり、大学受験では、本格的とまではいかなくとも、その一歩手前の、それでも一定の知的レベルを要する英文が出される。

英単語や文法が分からないのを放っておけないのはもちろんであるが、英語、日本語を問わず、文字を読むことを億劫がるようでは、学力向上は望めない。中国語では「読書」と書いて「勉強する」を意味する(と記憶している)。本を読むことは勉強することに等しい。本を全く読まない人は、英文は絶対に読めるようにならないと思う。

「夏休みは、単語とネクステを頑張ります!」などという冗談は止めて、英文をじっくり丁寧に読む勉強を必ず欲しい。それと、模試は記憶の生々しいうちに復習をしておくこと。普段授業で言われていることを実践すれば、必ず成績は向上する。しかし、それには時間もかかるので、忍耐心も必要だ。
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やっぱり「名詞節」としておきたいのですが…

同格のthat節というと、ふつう(少なくとも私の理解では)「同格『名詞』節」であり、品詞分けでいくと「名詞」と呼ぶと思うのだが、かつて勤めていた職場(中高の学校ではない)の同僚が、形容詞節とも取れるというのを聞いて、「そうか〜?!」と心の中でつぶやいた。しかし「前の名詞にかかる」という点では、“修飾”の働きは無いが、ある種、関係詞節のように振る舞っている。また、to不定詞の形容詞用法を分類した際の絡みで、やはり一瞬だが、同格のthat節の“形容詞節【説】”が成り立つ気もする。

to不定詞の働きは、非修飾語の名詞(=N)とto do-との関係で、しばしば以下のように分類される。

? Nが意味上、to do-の主語になっている
? Nが意味上、to do-の目的語になっている
? Nが意味上、to do-の後に現れる前置詞の目的語になっている
?-1 to do-がNとの関係で同格になっている(通例、動詞や形容詞の派生系としてのN)
?-2 to do-がNの「用途」などを表している

上記の通りであるから、?-1で、to不定詞で同格と言われると、これまた「同格のthat節は形容詞節とも取れる」説に符合する。しかし、参考書をよく読むと、?-1を名詞用法と考えることもできるとの記述が、複数の本に出ているので、そうすると、やはり「同格『名詞』節」に一票、いや、それ以上の組織票を投じたい気がする。

受験の世界では、英作文の際に、勝手に同格節をでっち上げないことが特にポイントだと思われるので、品詞論を展開してもあまり生産的でないことは承知しているが、いつも微かではあるものの、私の頭の片隅にこの問題が残っている。
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エラそうにしているつもりは全くないけど…

新書版の英語に纏わる本は、“出尽くした感”があって最近あまり買わなくなっていたが、たまたま寄った駅中(なか)の本屋にあった「その英語、ちょっとエラそうです」(デイビッド・セイン著)が目に飛び込んで、つい購入してしまった。この本の面白いところは『ネイティブにはこう聞こえる』という、雰囲気が良く伝わる日本語訳が出ているところである。

<例1>I don't like going to Mars.
◎言おうと思っていること⇒火星にはいきたくないなぁ
☆ネイティブにはこう聞こえるらしい⇒(よく行くんだけど)また行くのはいやだなあ。

中学1年でbe動詞の学習が終わると、一般動詞に入っていくが「単純現在」は学習者が思っている以上に厄介。個人的には“公式”風に押さえてしまえば間違えることの少ない仮定法の方が御し易いように感じる。<例1>については、普段からすることであれば、何ら問題ないので、I don't like going to bars.「バーに行くのは好きじゃないんだ」は、飲酒が許される大人の発言ならばOKである。

折角なのでもう1つ。疑問文であってもsome-で言う方が普通とされるのは、辞書の例文や「基礎英語」のスキットでもお馴染みの通り。ここでも、うまい訳が付いていて、そのコントラストが面白い。例えば、以下は、海外に行った際のホテルのフロントでのやり取り。

<例2>Can anyone speak Japanese?
◎言おうと思っていること⇒日本語が話せる人はいますか
☆ネイティブにはこう聞こえるらしい⇒(だれでもいいから)日本語を話せる人をだして。

やはりCan someone speak Japanese? が普通だろう。

差し当たって受験生は日頃使っている(えっ、持ってない?)「例文集」を使って勤勉に反復練習しておけば、試験で困ることは無いが、受験が終わった頃にでも、この種の本を手にしてみると、また違った角度から英語を勉強することができるだろう。
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アンケートの意義

昨日から名古屋場所が始まった。相撲に特別な関心はないが、聞くところによると5月に行われた技量審査場所では、八百長疑惑を払拭するため、力士の敢闘精神を評価するマークシート式のアンケート用紙が、一部の人たちに配られたそうだ。そこでは、力士が真剣に相撲を取っているか、気迫が伝わるかなどがチェックされたそうだが、私にはナンセンスに思えてならない。なぜなら「敢闘精神に溢れる」と評価された取り組であれば、取り組で負けて良いという訳ではないし、また、ほどほどに頑張ったが、この程度で「敢闘精神」が高く評価されるとなれば、“無気力”相撲根絶どころか、体力消耗を考慮した取り組みを生む可能性すら否定できないからだ。要は、力士とって、白星を1つでも多く稼ぐことが何よりの評価であるはずだ。

私の学校でも「授業評価」があって、全教科・科目について、生徒がマークシートに解答することになるっている。「先生の熱意は感じますか?」などは、その質問項目の1つである。熱意が伝わるのは悪い事でないが、しかし、学力が付かなければ、それは授業としては問題である。他教科のある同僚は、どう考えても良い授業をしているはずだが、あるクラスでは酷く評価が低かったと言っていた。(とっくの昔に卒業した生徒集団なので敢て述べるが)「あの授業態度で好評価がでたら、逆にそれはちゃんと指導していない証〔宿題を出さないとも咎めない、予習など前提としない、授業中寝ていても注意しないetc.〕だから、低く出た数字は、本来あるべき授業の姿を正当に反映しているので、全然問題ありませんよ」と、本心でそう声を掛けたことが以前あった。

加えて、アンケートを取る「当局」についても、出てきた数字をキチンと理解できる人たちでなければならないと思う。アンケートが全て無意味とは言わないが、十分練られたものでないと、土俵上でも教壇でも、何の改善にも繋がらないと思う。
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大学教育のお値段

教育の質が国力を決めるという考えはその通りだと思う。そして、国によって、高等教育(=大学)の学費が、無料のところがあれば(分かりやすい理由の例として「石油が出るため」)、米国のように、一般的に高いところもある。

中堅レベルの学力層の生徒を教えていて思うのが、皆がこぞってMARCH(つまり、明治、青山、立教、中央、法政)を志望するのに少々違和感を覚える。それぞれの大学にどのような特徴があって、なぜMやAやRを選ぶのか理解に苦しむことが多い。

米国には広く“大学”と呼ばれる教育機関がたくさんあるが、良い大学か、そうでないか、“偏差値”(実際には、そのような値を使わないが、competitivenessの度合いで比較される)が高いがそうでないかは、基本的に、学費と一致している

日本で名前だけでも知られている米国の私立大学は、1年間の学費が軒並み5万ドル以上である。円高で$1=80円という日本人にとっては有利な状況にあっても、単純に400万円の支出だ。しかも学費だけで、である。これに、寮やアパート代、その他諸々を加えると、少なくとも1月プラス1,000ドル強になる。大学に進学することは、日本人が日本の大学に進学する以上に、人生の一大イベントであり、大きな投資である。因みに、州立大学は、州内の学生であるか、否かで大きく違う。州内の生ならば、日頃から税金を納めている住民であるから、金額的にも“許せる”(?!)範囲であり、ミシガン大学やUCバークレーといった州立大も、日本の私大並みである。しかし、外国人を含めた州外の生徒は、学費が3倍だったりするので、有名私大ほどではないにせよ、その2/3程はかかる計算だ。喩が少々唐突だが、豪華なホテルは立地も良く、サービスも申し分ない。かつ、安全でもあって、一晩の宿泊費は高い。ビジネスホテルは、その反対だ(日本の場合、そもそも公共交通機関が発達しており、その上、比較的治安が良いので、多少当てはならない面もある。でも、センチュリーハイアットとビジネスホテルチェーンでは様々な部分で異なるのは言うに及ばない)。つまり、米国では大学も同じ発想である。よって、学費が高い大学に入るということは、将来的には、投資した額に見合っただけのリターンがあることが大前提である。

話は戻ってMARCH。日本も大学の学費がもっと違っても良いのではないか。この日本の「横並び主義」については、別な機会に述べたいと思うが、生徒がMARCHだったらどこでも良いというのは、私にとってはナンセンス。恐らくだが(ただし、そうなる可能性はほぼゼロであるが)、MやAは学費が年間300万、Cは法学部の法律学科は年間400万、その他は200万、…といった具合になると、現状の、“人気投票的”志望動向も変わってくるに違いない。
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120%モノにする

職業柄、日本語の世界に入り込んでくる英語に、ときどき違和感を覚えることがある。とは言え、“英語もどき”は無数にあるので、一つひとつに目くじらを立てている暇はない。

もうだいぶ前のことになるが、安室奈美絵の歌でCan you celebrate?という大ヒットした曲がある。結婚式でも良く使われた曲だ。以前から、このcelebrateの後に何か来ないものかと疑問に思っていた。それは、もちろんcelebrateが普通は他動詞であるからで、自動詞で使う用例が思い当たらない(尤も、日本語の歌詞や曲目にしても、国文法に適ったものばかりでないだろうから、お互い様ではある)。

さて、私にとって英語が少し分かるように思えた時期(高1の秋?)は、「辞書を引けば、大抵のことが分かる」に気づき、「自動詞・他動詞の区別が付くようなった」頃だったように思う。レベルの低い話だが、lie-lay-lain(自)、lay-laid-laid(他)について、120%自信を持って区別が付き、丸暗記に留まらず例文でシックリ感を覚えたのを機に、英語が少し分かり出した記憶がある。

英語を苦手とする生徒の多くが、「だいたい分かる」「何となく区別が付く」で、これまで過ごしてきてしまったのではないかということを、最近つとに感じる。動詞の活用は疎覚え。ましてや、自動詞・他動詞の区別は日本語のみが頼り…。受験英語では「大体わかる」は「ほとんど点にならない」ことに鑑みると、一見基本的に見えることでもキチッと理解して頭に叩き込むことが重要に思う。

因みに、私は、日本人が英語を不得手とする理由の筆頭に挙げられる「受験英語」のお陰で大学に入った。英語を話したのは大学に入ってから。しかし、国から奨学金を貰って大学3年の時に、アメリカの大学で勉強する機会を得、正規の授業を履修し、全て単位が取れた(この大学は、世界ランクでは早慶よりも上だから、特に授業がショボかったとか、「楽」だったということはない)。昨今の実用英語ブームに反比例するかのように、アメリカに語学留学したは良いが、まだ現地の大学に入れないでいたり、アメリカ人と同じように授業が取れるレベルにない日本人学生は多い。受験英語は世間で言わるほど“使えない”ものではない。受験英語は、どんどん“使え”ば、“使える英語”に直ぐに変身する。betterの発音だけ、異様にアメリカ人風の“なんちゃって”帰国子女を、少々やっかみも込めて「妖怪ベラ」と私は呼んでいる。

話が大脱線。要は、基本を120%完璧にすれば、英語ができるようになるのではないかということ。だから、そこの君「TスクールでDVD観たって、できるようにならないだよ。しかりしてね」
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どこまで「共通」なの?

問題文:
Those who look on history as just a record of famous people and events that are of little importance to people living now do not understand its true value.

授業では特に複雑に捉えなかったので、殊更に力んで説明したところでなかったが、複数の生徒から個別に質問を受けた。こちらがネットにアップした和訳と少し違うが、修飾語はどこまで及ぶのかという質問である。

ポイント:
(1)famousはpeopleのみならず、eventsにかけて読むのは間違いか。
(2)関係代名詞節(that以下)を、授業ではeventsにのみかけて訳したが、これは、peopleにもかけて読むのは間違いか。

私の見解:
famous peopleはいいが(e.g.徳川家康、伊藤博文etc.)、eventがfamousというのは違和感がある。epoch-makingであったり、historicなeventなら良いが、famousってなんだ? まさか「有名な催し」であるまいし。

また、「現在生きている人にとってはほとんど重要でない有名人」というのも、日本語だけ聞くと問題なさそうだが、制限用法の関係代名詞節が、先行詞の一部であるfamous peopleを修飾するとしたら、理論上「制限」に漏れた「現在生きている人にとっては重要な有名人」がいるがことになるが、やはりそんな有名人のことなど、書き手は想定もしていないだろう。

「『共通構文』で読めるときは、そのようにせよ」が、英文読解の原則だが、XA+Bは、X(A+B)とするのが正しい場合も多いが、単にXA+Bで良い場合もある。A+BYとあるときも同じことが言える。今回は、X(A+B)Yと考え、X(=famous) 共通、Y(=that are of little importance to people living now) 共通と読むのは、誤りであると思う。

上記解釈と違った考えがあれば、大歓迎である。是非投稿して欲しい。

※ 因みに、ここは今回の期末考査の範囲となっているが、このような議論の余地がある部分について出題をすることは当然しない。授業(授業外)で話すことと、試験で “試す”ことは異なって良い筈で、このような微妙な箇所を出題するほど意地悪でないので、安心してください。
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教員免許更新制

最近聞いた話だが、昨年度末で、教員免許更新制で27人が失効となったらしい。内訳は、公立12名、私立14名、国立1名。詳しいことは分からないが、中には「教師なんかや〜めた」という自覚があって更新しなかった人、ひょっとしたら、大学の教員になり、中高の教員の免許が不要になった人もいるかも知れない。

ところで、大学で一定時間を、定められた科目を夏休みなど等を利用するなどして10年ごとに更新するというのが、この仕組みであるが、はたしてどれだけ意味があるのか、甚だ疑問である。「教職」「教科専門」のいずれにしても、大学の先生のほとんどが、中高の経験がないか、少なくとも現役で中高生を教えていないのに、どうして中高の教員の研修ができるのだろうか素朴な疑問がある。「教科専門」について言えば、そもそも大学の英語の先生だからといって英語の運用能力が高いとは限らず、英検1級程度という人も少なくないだろう。専門があると言ったって、英米文学、英語学、言語学、英語教育学の講義を数時間聞いたところで、何の足しにもならない。そもそも、よほど志の低い教師でない限り、「当局」(=文科省)に指示されなくとも、年に数回は研修会に行って「勉強」しているはずである。

教員研修で講師を務めたり、日ごろから授業見学されることの多い、知り合いのTB大附属中学の先生はかつてこんなことを言っていた。

「研修会に来る人たち(=先生)は、[なんだかんだ言って]大丈夫なんです。問題は、そういうことに驚くほど無関心な人たちです」

現在、参議院の重鎮で、かつて某県教員組合の執行委員長を努めたK氏をして「[教員]免許更新制度などというふざけた話」と言わせしめたほどだが、民主党が政権をとって久しいが、教員免許更新制について全く議論が進んでいない。

一旦採用したら、早々クビにはできない公立の“問題”教員を排除する意味があって始まった制度とも聞くが、こちらはいい迷惑である。大学の“大”先生が現に中高生を、適切に指導できるということが前提であるならまだしも…。そもそも私が生徒なら、免許はあるが「つまらない授業をする」先生よりも、免許の無くとも「意義ある授業をしてくれる」塾・予備校の先生に教わりたいと思うが。
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関係代名詞whatの正体は?

「what=the thing(s) that」という学参でよく見かける説明は、自分もこのように示して、さっと片付けることはあるのだが、本当にそれで良いのかという場合もある。ケース バイ ケースだが「先行詞the thing(s)が何を指すのか」と上位者のクラスでは問いかけることがある。

例えば、in what V+Cのとき、whatの中身がよく分からずとも、補語にくる名詞とほぼ等しいと言える。そして、Cに来る名詞をwhatに先に埋め込んで訳出すると日本語も崩れず分かりやすい。

<例> In what turned out to be the most devastating epidemics in U.S. history, 〜
(米国史上最も壊滅的[感染症→カット]となった感染症では、〜)
⇒ つまり、In the epidemics that turned out …と書いてあるのと同じ。

次は、in what ... の例ではないが、気をつけたい点は共通。
<例> This is what is being heralded as the age of shorter working hours.
(今は労働時間の短縮の時代だと言われている時です)
⇒ つまり、This is the age that is being heralded as …と書いてあるのと同じ。

こんなところで読み留まらず、すらすら読める生徒なら問題ないが、そうかと言って、what=the thing(s) that一本独鈷も、心許ない気がする。
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学校教師はいくら稼いでいるか

英語を教えてメシを喰う仕事として、最も裾野が広いのは英語教育関連の仕事であり、その中で、英語が大して出来なくとも、(一方で、最も出来る極僅かな人も含まれるに違いにない)仕事として務まるのが、学校の英語教師である。最新の数字は承知していないが、日本全国には5万人程の中高の教員が英語を教えている(同時通訳で食べ行ける人は、全国で200人程度らしい。よって、一般的には、この200人が日本で一番英語が堪能な集団である)。

さて、英語を教えるだけで、今の給料が貰えるかと言うと、もちろんそんなことはなく、‘純生’に英語の授業が占める割合は、月給では1/2〜1/3である。中高の非常勤講師の給料を知っている者からすると、これは誇張でもなんでもない。「英語を教える(教材作成を含む)だけの仕事に専念できたら」とふと思うことがない訳でもないが、それは今の給料の1/3程度を甘受することになるので、早々その様な決断もできない。

幸い、日本の学校教員の給料は、比べる相手国によっても異なるが、比較すると良い方である。世界を見渡すと、教員や警察官の給料が低くなると、社会の劣化が始まるようだ。
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「思いこみ」に注意

〜するために」(目的)を表わすのに、in order to do-を知らないとしたら、受験生としてはモグリだが、so as to do-を知らない生徒が私の周りにいて、ちょっとがっかりした。

ま、それぐらいはよくある話だが、ところで、in order to do-=so as to do-などと覚えていると、痛い目にあるかも知れない。書かれている英文を解釈する上では支障がないだろうが、例えば、次のように書くとネイティブには奇異に聞こえるという。

So as to talk to him, I need to know his phone number.

何でもイコールで覚えるのは、熟語集にもその原因があるかも知れない。もちろん、so as to do-は文頭では使われないので、上記英文は、せめてIn order toに替えるか、Because I need to (talk …)のようになっていないと、英語としては不自然である。

手元に置いて、ときどきチェックに使わせて頂いている「道場主」のテキスト「英作文基本300選」では、216番でIn order toから始まる例文がある。ついでながら、「〜しないように」(否定の目的)では、not to do-と言えないので、このとき、so as not to do-を使うと都合が良いのだが、これが同書では121番に出ている(流石! 抜かりがない)。

ところで、I went to a bank so as to withdraw cash.は「位置」からすると問題ないが、これまた少々不自然らしい。in order to do-もこの場合、同様。理由は「『銀行に行くこと』+『お金を引き出す』」は、組み合わせとして極自然なものなので、わざわざso as to do-等の表現を使うに及ばないというのが理由。単に、to withdrawとすれば足りる。

普段何気なく目にする表現も、非ネイティブである我々(受験生はもとより)にとっては、自然かどうかの判断が付き難く、油断ならない。
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ミッション コンプリート

私の勤務する学校で、小学生を対象にした「体験授業」が昨日あり、無事(?!)終わった。「授業アンケート」が無いので、「無事」という言葉に偽りはない。

午前中3コマ、高校3年生の授業があり、午後の時間に行われたものであるが、日頃高校3年生の授業準備に要する時間的・精神的プレッシャーからすると、慣れない小学生相手の授業準備は、その10倍位大変である。今の学校に勤め出して今年で7年目だが、高校3年生専従で教えるのは今年で4回目になる(“王道”を進む教員は、中高6年あれば、丁寧に1年ずつ進んでいくことが普通だろうから、24年分の教師生活に相当する)。よそで教えていた経験もカウントすると、受験生を教えるのは、仮に上手くできるかどうかを別にしても、普段からしていることなので、それなりにできるし、“覚悟”もある。ところが、小学生ともなるば話は別である(しかし、これは英語に限ったことでなく、他教科の先生も同様だろう。問題発言と言われるかも知れないが、大人びた、明らかに「人間」を相手(高校3年生)に授業をするのと、方や「人間になる進化の途中にある小学生」を教えるのでは、勝手が違う。

ところで、これまではネイティブ講師の専売特許だった「英会話」の授業であるが、今回「英語」(よって「読む・書く・聞く・話す」を扱う)という講座で担当することになった。なぜ避けることもできたことを、敢てすることにしたか(有名予備校の先生と異なり、これは業務の一環なので、特別に授業をしたことに対するペイはない)というと、一部のネイティブを例外として、日本人に教えるなら日本人の方が、英語を教えるのは上手いはずであるから、それを証明したいと思ったのと、中高生以外(今後「幼稚園」「小学生」、逆に、過去サボっていた英語の勉強をしないと、昇進が無いかも焦る「社会人」)にも英語を教えられる技量が、これからの英語教師には必要だと思ったからである。

高校3年を教えるだけでも人に認められるほど教授力があるとは思わないが、しかし、学校の教員の場合、ゼネラリスト的な要素が強い。担当する学年によっても異なるだろうし、個々の学校でも状況は違うのは想像できるが、日頃英語の教師としての仕事は(「あ、自分は英語の教師だ、という」感覚は、全体の50%程度ではないだろうか。これまで、二度だけ中学生を教えた経験があるが、そのパーセンテージは時に5%、平均でも20%は行かないと思う(公立中の先生なら頷いて頂けると思う)。

将来、大きなチョンボをしてクビにならないとも限らない仕事であるが、あと定年まで15年強教えるとすると、あまり得意としない(というより、経験がない)相手を教えることに今のうちに挑戦しておく必要があると感じたことが気持ちとしては強い。それと、繰り返しだが「ただネイティブだけ」という理由でありがたがられている日本の英語教育、加えて、無批判に「英語の授業は英語じゃなきゃ」にも、反発はある。

長くなったので、今日はこの辺で。この時期、塾・予備校でも「夏の体験授業」などというのをやっていると聞く。どこに行っても、楽などさせてもらえないのだから、英語を教えるのをメシの種にするなら、多少の苦労も買って出ないと、生徒から見透かされるだけでなく、若い先生への手本となることもできない。
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予備校講師はいくら稼いでいるか

実は、このタイトルは前日のものを引きずったものであり、予備校の先生が1コマあたりいくら貰っているのか、ある程度見当は付くものの、誰かの明細書をこの目で見た分けではない(いや、正確に言うと、一度だけあるが、その時代と今の時代では、単価が違っている可能性が高いので、参考にならないと思う)。

予備校の先生の待遇も、またその先生の予備校内での評価も様々あろうかと思うが、能力的にも精神的にも、自分がそんな仕事に就くことができるとは、今は到底思えない。

仮に、1時間あたりの講料が平均的なサラリーマンの2日分の日当にあたろうとも(それは、荒唐無稽な額でない)、それに要する準備や精神的プレッシャーを考えると、周りが思うほど厚遇されているとは決して言えない

かつて、大人を相手にマスプロで教える資格試験対策の予備校で教えたことがあるが、「社員」で勤めていたので、教材作成から授業(時に「営業」も)までをすべてひっくるめて計算すると、恐らくマックのアルバイトの方が、ペイが良かったのではないかと思う(というもの、同僚がこの虚しい計算をよくしていた…)。

予備校の先生は大変。学校の先生も、別な意味で大変。「教育」業界を巡る状況は厳しい…。
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