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人生半分

先日、同僚との会話で「半減期」が話題に上った。咄嗟にその英語(half-life)が出て来なかったのは不勉強と言えばそれまで。自分が全く知らない単語など"ごまん"とあるが、どこかで読んだと思うが、その後使わなかったため、身に付いていないものもある。気になったので、この一ヶ月ちょっとの間で読んだ英文(主にTIME)をひっくり返してみたが、見当たらない。

たとえ相手が"言葉"とは言え、一期一会と言えるかも知れない。適当に流して読んでいると、見落としてしまうどころか、探しても見つからないことになる。印象ではあるが、half-lifeが英文に登場するのは、かなりレアな気がする。「知らなくたって平気だよ」と他人には言えるが、知らなくていい言葉など無いだろうから、謙虚に語彙を増やそうと思う。half-lifeの使われ方は次の通り。

The half-life of cesium-137 is 30 years, while that for cesium-134 is two years. The longer half-life means it will probably concentrate in the upper food chain.

話は全く変わるが、half-lifeと聞いて、「人生の折り返し地点」を連想してしまうのは自分だけだろうか。
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「話は短くしておく」と言ってみたい?!

文字通り日本語にも「腕まくりをする」という言い方があり、何かに本気で取り組む様を形容する。英語にも同じ表現があり、これが昨秋、米下院議長の就任したベイナー氏のスピーチでも使われていた。以下は、その一節。

"Listen, I'll be brief, because we have real work to do -- and this is not a time for celebration; not when one in 10 of our fellow citizens are out of work; not when we have buried our children under a mountain of debt ... not when our Congress is held in such low esteem. This is a time to roll up our sleeves."

経済的な苦労を抱えて高校に通ったベイナー氏は、エリート街道を通ってきたオバマ大統領とは対照的だ。「下院議長になったからと言って、お祝いムードに浮かれている場合でない」という辺りが、アメリカ経済の深刻さをどうにかしなければならないという決意の固さが伝わってくるが、その前のセリフ"I'll be brief.(話は短くしておく)は、なかなかインパクトがあると思う。そして、件の表現が後の方で登場する。This is a time to roll up our sleeves.

それまでに、「〜する時でない。…する時だ」とあるので、This is a time to ...としている、冠詞の使い方にも注目したい。ここだけ単独で読めば、theではないかと思ってしまうところだ。
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ドナルド・キーン氏

ドナルド・キーン(コロンビア大学名誉教授)氏と言えば、私の年代なら学生時代からの最も有名な外国人学者の一人だ。彼が88歳を迎え、余生を日本で過ごすことを決めたという報道を昨晩聞いた。

最近、授業で読んだ英文に、先の大震災でパニックになり、多くの外国人が日本を去ったという記事を読んだが、それとは真逆に、氏は今回の地震や津波がきっかけで、より強固に日本に住むことを決意したという。現地の日付で一昨日、キーン氏の最終講義がコロンビア大学で行われた。冒頭で以下のように述べたそうだ。

「この授業が最後。残りの人生を日本で過ごす。原発事故が起きる中で、私の決定に驚いた友もいたが、『勇気づけられる』と言ってくれた人もいた。私はその言葉が真実だと願う。長年の間、日本人は驚くほど私に親切だった」
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Hey, ya!

三日坊主で終わるのではと危惧していたブログが、10日続いている。できれば仕事前に記事を書いてアップしたいところだが、今日は諸般の事情で夜になった。これで一杯呑みに行こうものなら、連続記録が途絶えてしまう。

さて、帰りがけにイギリス英語の詳しい先生が、「ハイヤ」で始まるイギリス英語があると話してくれた(How are you?の意味)。最初はもちろん「ん……」だったが、「ハイ/ヤ」だというので、「ヤ」はその場でyouがくだけたya(See ya! = See you!)だと分かった。しかし「ハイ」が"Hi"では、"you"には繋がらない。イギリス英語通の同僚と別れてしばらくすると、コックニー(ロンドン訛)で、Heyを /hai/ と発音しているのではないかと思った。自宅に帰り、調べると、どうららそれらしい(違っていたら、教えて知らせてほしいが)。

ということで、「ハイヤ」は、もちろん、乗り物の"ハイヤー"ではなくHow are you?の意味なのだが、それを綴ると"Hey, ya!"になるのではないかという結論に至った。
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使える、使えない…

"受験英語"という言葉には、ある種マイナスのニュアンスがある。「使えない」「話せない」等々の議論に発展しがち、であるためだ。

「今朝、起きて目が覚めると、少し頭痛がした」

決してこれは、不定詞の「結果」用法の例文の前振りではなく、これを今書いている自分の体調だ。さて、よく見る件の例文には、

○ One day, I woke to find myself famous.(ある日、目が覚めると、有名人になっていた)

がある。しかし「今朝、起きて目が覚めると、少し頭痛がした」を英語に直すとしたら、どうだろうか。

○ When I woke up this morning, I felt a little headache.

で足りると思う。This morning I woke up to feel myself having a little headache.は間違いではないが、何か小説の一節で目にしそうだ。

「使える、使えない」は、ある表現の"使用場面が適切がどうか"に大いによるのではないか。試しに、外国人が使う日本語の教材を見ると、そのことがよく分かる。どれも「正しい日本語」だが、何かが違う感じがする。それは、使用場面が限定されたものとなっており(例えば、日本語の先生と生徒の会話、観光地を訪れる外国人、といった具合に)、文法的には完璧に正しいのだが、それを見ている自分が、その場に居合わせないがため、「不自然」な印象を受ける。

やはり、"受験英語"程度ができなくては、その先に進めないと私は思う。「今朝、起きて目が覚めると、少し頭痛がした」だが、これは上掲(When I ...)にあるように、中学英語にまで遡って表現してみると、案外自然だと思のだが、どうだろうか。
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言い始めた英語で、文を完結する力

突き詰めると「英語力」の定義は難しい。多くの学者が専門的な知見からそれを定義しているが、「英語力とは何か」(山田雄一郎 著)は、一般読者でも読めるのでお薦めだ。さて、狭義の「英語力」は、受験生であれば、"成績が良い"ということになろうか。私はこれを"英語試験力"と呼んでいる。英語を使って意思疎通を図る能力は、英語の試験の成績と必ずしも連動しない。この点が、外国語の難しいところ。これから話そうと思っていることを、言い始めた英語で完結できるのも、英語力を表す目安(yardstick)になる。1パターンでしか発言できないと、言い違えた際に途中で詰まってしまうか、元に戻って言い直さないといけない。日本語のネイティブである、このブログの読者は、多くの場合自在に表現をそのばで臨機応変に変えて、文を言い通すことができるハズだ。つまり、(ほぼ)同じ内容のことを、複数の表現で言い表せるということになる。

「彼は英語が上手だ」
(1) His English is good.
(2) He is good at English.
(3) He is well-versed in English.
(4) He speaks good English.
(5) He has a good command of English.

ニュアンスや使用場面を考えると、どれも数学のように"="(イコール)ではないが、表現の引き出しが多いことは、その言語にどれ程通じているかを示すことと言えよう。
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A friend in need

「村八分」を敢えて英語に訳すとsocial ostracismとなるらしい。ostracizeは「をのけ者にする」の意味の他動詞(アクセントは第1音節)。大学受験では少々難しい語であるが、知っていて損はない。

報道の通りだとすると、北朝鮮が日本赤十字社に義捐金を送ったそうだ。日本との関係のみならず、国際社会においても孤立した立場にある北朝鮮であるが、日本人が困っている時に、このように義捐金を送ってくれるというのは、有難いと言わざるを得ない。もちろん、外交とは強(したた)かなものであり、実は日本に多くいる在日朝鮮人の人達を助ける意味での寄付という色彩が強いのかも知れない。しかし、人が命を落としている時は、どんなに仲違や軋轢、断交という状況があっても、昔から助けの手を差し伸べるという考え方が「村八分」にあるとすれば、この表現は日本に限ったものでないのかも知れない。

A friend in need is a friend indeed.(困った時の友は、真の友)は、有名な英語の諺。これは、受験生なら絶対に知っておくべき表現である。
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Win-Win

"言葉遊び"になるが、会社や組織で使う言葉に"人材"という言葉がある。これを時に、"人罪"とか"人財"と意図的に書き表すことがある。もちろん、"人財"の宝庫となるのが組織としては重要である。営業で会う人にも、これに似た状況がある。(1)「できれば、時間が勿体ないので、会いたくない」、(2)「特別な思い無く、互いに必要なことなので、会う」、(3)「いろいろと参考になるので、先方は仕事(営業)で来るのだが、こちらも是非会いたい」だ。昨日、通信添削や模試で日本一有名なBコーポレーションの方と会った。いろいろと得るものが多い。我が家には「セールス・勧誘 一切お断り」の札を付けているが、セールスも"相手によっては大歓迎"である。お互いにWin-Winの関係でもある。
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早合点は禁物

People are known ( by ) the company they keep.

*be knownと来たら、直ぐにtoと思うのは、早計。be known by Aで「Aでわかる」
*companyは「会社」ではなく「仲間」

日本語訳 ⇒ 人は付き合う友によってわかる

byは能動文の主語を表すのでなく、「判断の手段・基準」を表している。大学受験はこのレベルまで押さえなければいけない。がんばって!
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Language creates reality.

先の東日本大地震で、情報不足等が原因のパニックが一部の日本に住む外国籍の人たちの間で起こった。と、こう書いた瞬間に、特段に外国人コミュニティーに関心の無い人たちは「ふ〜ん、パニックがあったんだ」という認識が生まれる。Language creates reality.(言葉が現実を作る)というのは、言語学を少し齧った者なら聞いたことのある話だ。新聞を読んでいて、メディアの重要性を痛感させられるのは、正確な報道がなされないと、間違った認識が次第に増幅される恐れがあるということ。東京に避難してきた、ある外国籍の女性の発言に"The nuclear power station exploded. I was really worried and …."というものがあった。しかし、explodeしたのはnuclear power stationではない。正しくは、nuclear reactor building(=建屋)である。メディアに正しい報道が求められるのは論を待たないが、我々も新聞やテレビの報道を正確に見聞きし、必要に応じて、正確に伝達する必要がある。
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BとPの中間?

日本語は原音に近く、英語はスペリングを読む英語学習者向けの新聞にあったクロスワードパズルをやっていたら、どうしても分らない答が一つあった。いや、正確に言えば、残りのタテ・ヨコが全て埋まった段階で、答は決まってくるのだが。

South Korean actor ( ? ) Yong Joon

答はヨン様で、"Bae"が正解。日本語ではぺ・ヨンジュンであるが、英語で綴るとそのようになるらしい。きっと、日本語のネイティブが聞くと、「ぺ」になってしまい、おそらく満更間違ってもいないのだろう(原音にそれとなく近い)、ハングル語を本式に発音すると、"B"のおとが少し聞こえるんのかも知れない。同僚のO氏は、言語学に造詣が深く、またハングル語にも詳しいので、一度確認してみようかと思う。
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過ぎたるは、及ばざるがごとし…か?

東日本大地震発生以来、連日メディアに登場する官房長官を、外国の人は日本の総理大臣と勘違いしているとも聞く。どこかで、枝野氏の“喋り”が耳障りと言っていたことを思い出させるような記事が英紙ガーディアン(4月17日)にあった。

This linguistic practice places Edano, who speaks on behalf of the government, in an awkward position.(中略)… however irritating Edano's use of honorifics with TEPCO may be, I'm willing to condone it, for it will not do to change how our
language works even when faced with a nuclear disaster. What I find inexcusable is his extending the use of honorifics to other government agencies.

記者は日本人。それは署名入りの記事であることで間違いないが、そうでなくとも、枝野氏の敬語が“過剰”であると思うのは日本語ネイティブならではだろう。公務員相手に敬語を使いすぎるなというのは確かに当を得ているが、あまり目くじらを立てなくても良いのではと思うのは私だけか。
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「過去形」なら言える場合

今日のある新聞のコラムに、エピソードとして、ある歌手が「好き」とは言えても「愛している」とは言えないと答えた、との話があった。想像に難くないが、後者の方がストレート過ぎるからである。しかしこれに「愛していた」とは結構言えるのではないか、と続いた。文字通り『過去』の話だから「愛していた」というのも憚られないというものだ。秋田(山形?!)の地方では人の家を訪ねた際(帰り際ではない)「山田です」という代わりに「山田でした」と言うらしい。地元の人にその理由を聞くと、「〜です」は直裁的だからとのこと。英語でmightやcouldのような助動詞は本来仮定法過去であるが、そこに時間的距離があるので、その分「丁寧・婉曲」なニュアンスを醸し出す。人間の話す言葉は違いがあっても、ある部分で共通の発想があるのかも知れない。
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「継続」は一流の証

日記もブログも長続きさせるのは大変。いや、それが習慣になれば、書かない日があると、かえって気持ち悪いのかもしれない。70才を超えた今も健在で、英語の使い手として有名な松本道弘氏も、そして私が尊敬する英語教師の一人でS予備学校で30年以上の長きに渡り教鞭ととっている飯田康夫先生も、毎日欠かさず続けている日記やブログで有名だ。一流の人たちは、何かを持続・継続させることができるという点で共通している。
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